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2007年11月30日金曜日

社説勉強 収賄容疑者はなぜ次官になれたのか(11/29)

社説1 収賄容疑者はなぜ次官になれたのか(11/29)

 こんな男を誰が次官にした――と憤りを禁じ得ない。守屋武昌前防衛事務次官を巡る接待疑惑は、夫婦で収賄の疑いをかけられ逮捕される、あきれた汚職事件に発展した。

 事件の構図をみれば、前次官だけが業者と結託していたとは思えない。政官の防衛関係者は政官業癒着による利権を生じさせないよう姿勢を正すとともに、防衛調達の仕組みを点検し改める必要がある。

 容疑内容は「防衛商社が便宜を受けた謝礼として費用を丸抱えしたゴルフ旅行に夫婦で3年間に計12回行った」だ。次官就任後で総額400万円弱とワイロ性が際だつ接待を選び出したもので、不正な利益供与がこれだけと検察が判断したわけでは無論ない。妻の口座に贈賄側から200万円超が振り込まれた事実も新たに浮上した。

 ゴルフ接待だけでも、課長だった12年前からずっと年に2、30回あり、別途、供応や贈答も受けていた。収賄容疑をはらむ行為を重ねつつ次官に上りつめたわけだ。

 贈賄側の商社は過去に装備品の納入契約で水増し請求が発覚した。ところが、取引停止処分を受けず、その後も過大請求を繰り返したことが防衛省の調査で判明している。前次官を取り込んだ同社の“自信”が不正の背後にあったのではないか。

 前次官がはかった便宜により贈賄側がどんな利益を得たのか、検察はつまびらかにしてほしい。さらに国会での前次官の証言には「虚偽の陳述」を疑わせる部分がある、と指摘されており、そこも十分に捜査してもらいたい。

 汚職が疑われる行為を長年続けた人物を放置したばかりか事務方の最高の地位に上らせた、歴代防衛相・防衛庁長官、幹部職員らの責任は重い。また前次官は防衛族議員と親密な関係を築いて省内での力を確立したとされる。ならば、そうした政治家たちにも責任がある。

 国会がそれを追及するのは当然だが、民主党の戦術には疑問が多い。証人喚問の議決は全会一致で、とする原則を崩せば、人権上の問題を生ずる可能性がある。10月に同様の議決があった際、江田五月参院議長が差し戻したのはこのためだった。

 2006年12月4日の宴席への額賀福志郎財務相の出席に焦点を当てた追及も本質を外れている。宴席問題をめぐる自民、民主両党の主張を比べれば自民党に分がある。民主党が前次官から電話で聞いた情報というが、電話だけで座席表を確認できたのか。録音テープの公表など、より説得力のある説明が要る。

社説2 日越EPAへ交渉加速を(11/29)

 ベトナムのチェット国家主席(大統領)が国賓として来日している。福田康夫首相と会談し、日越経済連携協定(EPA)の早期締結で一致したことを評価したい。中国と国境を接し、日本のシーレーン(海上交通路)である南シナ海に長い海岸線で面しているベトナムは、日本にとり地政学的に極めて重要な国だ。

 チェット主席の訪日は25―29日の5日間で、天皇、皇后両陛下主催の宮中晩さん会にも臨んだ。日越首脳会談で「戦略的パートナーシップに向けたアジェンダ」と題する共同声明に署名し、EPA交渉を「さらに進める」と明記した。

 チェット主席は28日の日本記者クラブでの記者会見で、EPAに関し「来年(1月再開)の最初の交渉で合意するのが望ましい」と述べた。交渉は日本側がコメや果物などの除外を主張、現時点では歩み寄りは難しい。だが来年は日越国交樹立35周年でもあり、両国が大局的な観点から交渉を加速すべきだ。

 日本は年間1000億円規模の政府開発援助(ODA)を実施し、ベトナムにとって最大の援助供与国だ。日本の対越直接投資は1998―2003年は年間1億ドル前後で推移していたが、昨年は9億ドルを超えた。中国の人件費上昇に伴い、ベトナムは「中国プラス1」の投資先として日本企業も注目している。

 昨年10月の安倍晋三首相(当時)とズン首相による会談で「戦略的なパートナーシップ」を目指すことで合意し、両国関係に一段と弾みがついた。今年9月には日本のODAでベトナム南部に建設中の橋崩落事故が起き、多数の死傷者が出たが、関係はそれほど悪化していない。

 福田首相は今回の会談で事故に触れ、犠牲者に哀悼の意を表すとともに二度とこのような事故が起こらないよう努めたいと伝えた。チェット主席は「事故は双方とも望まなかったもので、友好関係に悪影響を及ぼしてはならない」と応じた。

 ベトナムの元首である国家主席の訪日は初めてだ。チェット主席は日本の国連安全保障理事会常任理事国入りへの支持を再確認し、北朝鮮問題解決に向けた日本の努力にも支持を表明した。日越は東アジアの安全保障でも連携を密にしてほしい。

春秋(11/29)

 月に2―3回は週末に夫婦でゴルフ、年に2―3回は泊まりがけで2人連れだってのゴルフと旅行。平日も時々は2人で料亭やレストランで食事を。きのう収賄容疑で逮捕された守屋武昌前防衛次官夫妻の行動パターンは、一見すると熟年夫婦の理想型だ。

▼毎晩接待と飲み会の夫は、週末にはつき合いゴルフに出かけ、妻は友人とグルメとショッピングに精を出す、なんて夫婦よりは会話も多いはずだ。問題はお2人様のゴルフ旅行や飲食の代金を、夫が職務権限を持つ役所の納入業者が全部持っていたことである。ゴルフ旅行の費用は5年間で400万円ほどという。

▼高給をはむ高級官僚が、せっかくの夫婦の時間を、400万円で贈賄業者に売り渡していた、という悲しい見方もできる。防衛次官といえば、職位は大将に相当する。夫を籠絡(ろうらく)せんと、妻に急接近する贈賄側。「将を射んとすればまず馬を」の策に、まんまとはまってしまったのだろうか。

▼防衛省内の夫人グループへの供応、守屋夫人個人への金銭提供なども疑われている。特定業者と守屋夫妻のただならぬ関係は10年以上続いていたとされるのに、次官という権力の座にいる間にはいっさい表ざたにならなかった。夫妻の逸脱の背後に横たわる、防衛装備調達にかかわる構造的な闇に、光を当てたい。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html

社説

2007年11月29日(木曜日)付
前次官逮捕―防衛汚職の底知れぬ闇
額賀氏喚問―国政調査権の名が泣く
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前次官逮捕―防衛汚職の底知れぬ闇

 「刑事罰に該当するということであれば、それを逃れる考えは全くない」。自らの疑惑について参院の証人喚問でこう述べた守屋武昌・前防衛事務次官が、収賄容疑で妻とともに逮捕された。

 前次官が軍需専門商社「山田洋行」の元専務からゴルフ接待を受けていたことが明らかになって1カ月余り。底知れない様相を呈していた防衛利権疑惑は、防衛官僚トップの汚職事件に発展した。

 前次官は妻と共謀し、装備品納入などで元専務に便宜を図ったことへの謝礼として、12回で約400万円分のゴルフ接待を受けた。それが逮捕容疑である。

 具体的な便宜として浮かんでいるのは次のような疑惑だ。

 元専務は山田洋行から分かれて日本ミライズをつくった。次期輸送機のエンジン調達で、前次官は日本ミライズと随意契約にするよう動いたのではないか。山田洋行は装備品代を水増し請求したのに、処分されなかった。この決着にも前次官がかかわっていたのではないか。

 装備品調達のほかにも、前次官は日本ミライズの資金集めを助けるため、経済人に口利きした疑惑がある。部下に投資目的で4500万円を預けた問題も発覚したが、真相はいまだに見えない。

 軍用機から制服まで、装備品に投じられる税金は年2兆円程度だ。機密の壁もあって、その実態は外から見えにくい。日本の安全保障に直結する装備品の調達が、業者との癒着によって、どのようにゆがめられていたのか。検察は長年の利権構造に切り込んでほしい。

 山田洋行は巨額な裏金をプールしてきたといわれる。前次官のほかには、どこへ流れたのか。

 注目されるのは政界とのかかわりだ。前次官の証人喚問では、久間章生氏と額賀福志郎・財務相の2人の防衛庁長官経験者が「元専務との宴席に同席していた」と名指しされた。久間氏は「あり得るかもしれない」と述べた。額賀氏は強く否定しているが、その一方で山田洋行に計220万円のパーティー券を買ってもらったことは認めた。

 両氏や元専務が名を連ねたことがある社団法人「日米平和・文化交流協会」も家宅捜索を受けた。政界と軍需産業のパイプ役が事実上運営を担う団体だ。

 政治家と軍需業界との癒着はないのか。その解明こそ検察に期待したい。

 それにしても、官僚トップの汚職が絶えないのはなぜか。リクルート事件では労働、文部両省、特別養護老人ホームへの補助金をめぐる事件では、厚生省の元事務次官が摘発された。これらの事件は何の教訓にもなっていないようだ。官僚組織そのものに汚職を生む構造があると思わざるをえない。

 守屋前次官は4年間も事務次官を務め、軍需産業との癒着については知り尽くしているはずだ。その実態を明らかにし、防衛利権の闇を一掃する。それが国民に対する、せめてもの償いである。

額賀氏喚問―国政調査権の名が泣く

 「両議院は国政に関する調査を行い、これに関して証人の出頭、証言、記録の提出を要求することができる」

 憲法62条は衆参両院に国政調査権を認めている。虚偽答弁をすれば偽証罪に問われる証人喚問は、その有力な手段だ。

 だが、これまでは政権側に疑惑があってもなかなか実現しなかった。多数を握る与党が立ちはだかってきたからだ。

 与野党の多数派が逆転した参院選で、そんな図式は大きく変わった。これからは参院を舞台に、もっと積極的に国政調査権を発動したい――。民主党など野党がそう勢い込むのは当然のことだ。

 だが、今回の民主党の判断には賛成しかねる。額賀財務相の喚問を、自民、公明の与党が欠席するなかで野党だけで議決したことである。

 額賀氏が軍需専門商社「山田洋行」の元専務らと宴席をともにしていたのか。額賀氏は「していない」、守屋武昌前防衛次官は「していた」と言う。言い分は真っ向から食い違っている。

 額賀氏がきちんと説明すべきなのはその通りだ。私たちも社説で、額賀氏と山田洋行側の、癒着と見られかねない関係を批判し、財務相の職にふさわしいかどうか、疑問を呈してきた。

 ただ、疑惑の発覚後、額賀氏が財務相として国会の質疑で繰り返し野党の質問に答えてきたことは間違いない。自民党も写真などの「物証」を添えて、「額賀氏は別の会合に出ていた」とする調査結果を発表した。

 疑いが晴れたわけではないが、野党は引き続き通常の国会質疑で財務相にただすことができる。しかも、宴席に出ていたかどうかの問題だけで、あえて全会一致の慣例を押し切ってまで、喚問の場に引き出す必要があったのだろうか。

 証言に立たせたところで額賀氏が言い分を変えるとも思えない。もっぱら世論受けを狙った政治利用ではないのか、と言われても仕方あるまい。

 国政調査権をどう使うべきなのか。民主党は勘違いしていないか。

 機種選定や基地がらみの建設工事で政治家が利権をあさっていないか。高額な装備の購入に不正はないか……。こうした疑惑にメスを入れてこその国政調査権である。地道な調査を積み重ねていくことが、国会による文民統制を機能させることにもなる。派手な政治ショーのための国政調査権ではない。

 もうひとつ、民主党に失望したことがある。自ら提案したイラク特措法廃止法案を、わずか2時間半の審議で参院を通過させてしまったことだ。

 豪州では、イラクからの段階的な部隊撤退を主張する野党・労働党が政権交代を果たした。「イラク」をまともに論じ、総括していない日本で、初めて本格的な議論を交わす場になりえたのに、素通りとはどうしたことか。

 もっと地に足をつけた国政調査や国会審議を民主党に望む。

天声人語

2007年11月29日(木曜日)付
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 ゴルフのルールは自然を尊重する。例えば、モグラやウサギの巣穴に入ったボールは、拾い上げて近くに落とせる。これに対し、穴掘り動物ではない犬が遊びで掘った穴だと救済はない(日本ゴルフ協会)▼欲望の深穴に落ちた人間は、どんなルールでも救いようがなかったようだ。守屋武昌・前防衛事務次官が妻と共に逮捕された。軍需商社の元専務らにゴルフ旅行の接待を受けた、収賄の疑いだ▼疑惑はしかし、ゴルフざんまいの役人夫婦にとどまらない。政治家がうごめく防衛利権の闇を、今度こそ納税者の前にさらしてもらいたい。接待費とはケタ違いの税金が食い物にされている図が、そこにある▼小銃から戦闘機まで、自衛隊が買い入れる装備品は欧米の軍隊より割高だと聞く。なにしろ、性能も価格も素人の手に余るハイテク工業品である。元手は税金だから節約する気もうせ、売る側の言い値が通りやすい。そこに、巨利が生じる▼79年のダグラス・グラマン事件。後に検事総長となる伊藤栄樹は、国会で「捜査の要諦(ようてい)はすべからく、小さな悪をすくい取るだけでなく、巨悪を取り逃がさないことにある」と、政界中枢への波及を期待させた。だが、捜査は政治家に及ばず、防衛予算の森にモグラのように巣くう利権構造は温存された▼大食漢のモグラは、巣穴に迷い込むミミズや昆虫を端から食らう。穴それ自体が巨大な罠(わな)ともいえ、条件が良い巣穴は代々引き継がれるそうだ。検察がたたきつぶすべきは巨悪と、国庫の地下を縦横に走る病巣である。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20071128ig91.htm

新テロ法案審議 参院では本質的論議を聞きたい(11月29日付・読売社説)

 日本が「テロとの戦い」にどう取り組み、国際社会の一員としての責任をいかに果たすか。参院では、この本質的な論議を聞きたい。

 インド洋での海上自衛隊の給油活動を再開するための新テロ対策特別措置法案が、ようやく参院で審議入りした。法案の衆院通過から既に2週間余が経過している。

 与野党の論戦は最近、額賀財務相が山田洋行の元専務との宴席に同席したかどうか、という問題に集中している。参院財政金融委員会は、来月3日の額賀氏と守屋武昌・前防衛次官の証人喚問を異例の多数決で議決した。

 額賀氏は昨年12月4日の宴席への同席を否定している。民主党は、同席したと主張し、全面対決の構えを見せる。

 だが、仮に米要人を交えた多人数の会合に同席していても、額賀氏と元専務の癒着を意味することにはなるまい。全会一致の原則を崩してまで証人喚問を議決する必要があったのか、疑問である。

 外交防衛委員会での法案の実質審議は来月15日の会期末まで4日程度しかできない見通しだ。与野党が今、最優先で議論すべきは、給油活動を再開するのか、給油に代わる方策があるのか、という点だ。それには、民主党が現実的な対案を早期に示すことが前提となる。

 民主党は、既にまとめた法案骨子を法案要綱にする作業中としているが、問題は、その内容だ。

 法案骨子は、自衛隊の活動として、農地整備、医療、輸送などを例示しているだけで、アフガニスタンのどの地域で何を行うか、全く示していない。

 活動は、「停戦合意が成立している」か「民間人への被害が生じないと認められる」地域で行うという。こうした条件を満たす地域は今、アフガンにはない。日本は当面、何の人的支援もしないのが民主党の基本姿勢ということになる。

 給油活動は、国連安全保障理事会決議1368などを踏まえており、国際社会が早期再開を希望している。民主党の小沢代表は給油を「憲法違反」と断じているが、新法案の衆院審議で同様の主張をした民主党議員はいなかった。

 やはり給油活動の早期再開こそが日本の国益に最も資する選択肢である。

 民主党提出のイラク特措法廃止法案が参院で可決された。イラクは今、治安が改善し、重要な時期を迎えている。航空自衛隊の輸送活動は、給油活動と並ぶ日本の国際平和活動の大きな柱だ。

 法案成立の見通しはないとしても、民主党は、国際社会で日本の存在感が一層薄れていいと考えているのだろうか。
(2007年11月29日1時53分 読売新聞)

2007年11月28日水曜日

社説の勉強 観光振興は「外からの目」を生かして(11/28)

社説 観光振興は「外からの目」を生かして(11/28)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20071127AS1K2500127112007.html

 日本の地域経済は有力な資源を活用し切れていない。大都市にない豊かな自然や味わい深い文化であり、その有機的な結び付きが観光という産業の推進力となる。

 北海道・釧路のさらに東に霧多布(きりたっぷ)という国内3位の面積の湿原が広がる。ここで湿原保護と自然観察ツアーなどの活動をする特定非営利活動法人(NPO法人)、霧多布湿原トラストが今年、環境省のエコツーリズム大賞を受賞した。国土交通省からも地域づくりで表彰された。

自主的に収入再配分

 霧多布の美しさに魅入られた東京の旅行者が勤め先を辞めて移住したのが始まりだ。若い漁師らとまちづくりに乗り出す。寄付を募り、民有の湿原を少しずつ買い上げた。今では修学旅行生や海外の自然愛好家を含め年間40万人が訪れる。NPO法人の会員は約3000人に増えた。

 行政の号令ではなく、主体になったのは普通の人々だ。そして発端は「よそ者」の目だった。

 国内の観光は2005年度で24兆円と、国内総生産(GDP)の約5%に当たる一大産業だ。200万人を超す雇用も生む。食や輸送など波及効果を含めると、市場規模は2倍を超す。ただし日本人の宿泊旅行の55%、外国人旅行の70%が三大都市圏でおカネを落とす。

 地方で観光を伸ばす余地は大いにある。都市の人たちが魅力ある地域で、楽しく、自主的に収入を再配分するのが観光の役割だ。税金という形でカネだけが動くのと、どちらが望ましいか。明らかだろう。

 北海道の倶知安は2年連続、住宅地の基準地価の上昇率が3割を超え日本一になった。パウダースノーという雪質の良さから豪州のスキー客が別荘を建て始めたからだ。富良野は脚本家の倉本聰氏、美瑛は写真家の前田真三氏と、新しい視点をきっかけに観光地へと変身した。

 家庭に伝わる人形を展示し有名になった新潟県村上市。土塀や路地など伝統的な景観を復活させた長野県小布施。古民家を何軒も再生し、生活文化の伝承の場とし、世界遺産にもなった島根県の石見銀山。昭和30年代の商店街を復活した大分県の豊後高田。いずれも外国人や大都市からのUターン組など、外からの目がうまく働いた。斬新な着想を地元が受け入れ、集客につながった。

 対照的なのが、自治体と金融機関が主導し1990年代に各地に造られたテーマパークだ。第三セクターによる物まね施設で客は呼べない。

 地域が個性を示すなら、「小京都」や「小銀座」を目指す必要はない。本土復帰ブームの後、いったん停滞した沖縄の人気が復活したのは「国内版ハワイ」を目指すことをやめ、テレビドラマなどを通じ、ゆったりと時間の流れる独自の生活文化が理解されたからだろう。北海道や東北は先住のアイヌ民族や縄文人の文化を掘り起こすことで、新たな観光客が足を運んでいる例もある。

 インドネシアのバリ島では、棚田を望む高級ホテルが外国人の手で開発されリゾート地になった。日本では大分県の湯布院がこれに近い。

 自治体や既存の観光業者は先例踏襲や横並びに陥りがちなので、支援に徹した方が良いだろう。案内業務や観光地図の作製は市町村ごとに手掛けず、広域で協力すれば利用者に便利だし経費も削減できる。

外国人を待たせるな

 日本を訪れる外国人が不便を感じないようにも、もっと努力したい。地方空港は出入国管理の職員や窓口が少ない。とくに国際定期便のない空港では、韓国、台湾などからの国際チャーター便の発着する観光シーズンには、出入国の長蛇の列ができる。心地よくはあるまい。

 政府の観光立国推進基本計画では、全空港で待ち時間を20分以下にするという目標を掲げている。ぜひ実現すべきであり、検疫、税関業務を含め人員配置を工夫し、地元の自治体職員の活用や権限移譲も検討すべきではないか。

 今月発行の『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』の表紙を秋田県の田沢湖が飾った。本文中では近くの鶴の湯温泉の雪景色を「ただの温泉ではなくhitou(秘湯)」として詳しく紹介した。日本に目を向ける外国人の関心対象をいち早くつかみ、地方と協力し積極的に売り込むのも政府や関係機関の仕事だ。海外のテレビ放送網への印象的な広告やインターネットなどを使った情報発信ももっと充実すべきだろう。

 競争相手は国内にとどまらない。中東、南アジアでは医療や美容、マカオではカジノを売り物に世界中から観光客を集める。これまでの常識にない案でも、まずやってみる。地方の観光の競争力を高めるには、そんなベンチャー精神が欠かせない。

http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20071127AS1K2700127112007.html
春秋(11/28)

 2000年もの間、同じ土地で、ずっと同じ作物をつくり続けて、連作障害も土壌流失もない。自然が肥よくな土を運んでくる河口のデルタとは違う、人間が開いた歴とした耕地。日本の田んぼは米の収穫のほか、国土の保全や水資源の涵養(かんよう)、山と里と海を結ぶ生態系の懸け橋まで担う。

▼米の値が下げ止まらず、稲作農家の経営がピンチだという。役所が防災機能を強調する森林の場合、主産物の木材市況はまだ不透明だが、温暖化ガスCO2の吸収源として、その整備には相当額の予算が投じられる。それに比べ、水田の環境貢献は評価が低い。

▼与野党がそれぞれ掲げる農家への所得補償は、農業政策というより集票策の気配も濃いが、議論の過程で環境保全という視点は欠かせない。地球の温暖化では、大量の炭素ストックを持つ土壌が、焦点になっているからだ。大地が炭素を吸収せず放出し始めると、温暖化は加速度的に進む。

▼評論家の富山和子さんが毎年出している「日本の米カレンダー」の2008年版は、島根県大田市のヨズクハデを表紙にしている。4本の柱を組み上げ、約5俵分の稲束を干す大きな稲架(はさ)で、四方八方から風が通り抜ける。農林分野の補助金や補償には、不透明さがつきまとう。せめてヨズクハデのような風通しのいい議論を――。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html

韓国大統領選―10年の流れが変わるか

 韓国の大統領任期は5年、1期限りである。この10年は、かつて軍事独裁と戦った民主派の金大中氏と盧武鉉氏が政権を率いてきた。この流れが続くか、あるいは保守派へと政権交代するのか。

 きのう始まった大統領選の最大の焦点だ。来月19日の投票に向け、激しい選挙戦の火ぶたが切られた。北朝鮮への対応、国民の間に広がった亀裂の修復。経済の立て直し……と、争点は多い。隣の国としても無関心ではいられない。

 この10年、北朝鮮に対するいわゆる「太陽政策」を続けた結果、南北関係は飛躍的に進展した。いまや北朝鮮が生きていくうえで、韓国は欠かせない存在になった。それだけ北からの脅威は少なくなったと評価される半面、譲りすぎではないのかとの批判もある。この政策をそのまま続けるか、修正するか。

 盧武鉉時代に進められた「過去の見直し」政策が残した亀裂をどう修復するかも大きな関心を呼んでいる。

 大統領は、日本の植民地統治に協力した「親日派」を洗い出したり、金大中氏拉致事件など軍事政権時代の暗部を明らかにしたりもした。長年の体制派や既得権益に切り込む一方で、秩序が揺さぶられ、世代対立まで引き起こしている。

 経済では日本同様、勝ち組と負け組の格差問題に批判が集まる。

 10年前の通貨危機を大胆な構造改革で乗り越え、全体では急速な回復を果たした。だがその過程で、不動産が高騰し、若者たちの就職難が続く。非正規雇用の拡大も深刻になりつつある。

 そんな現実が背景にあるからだろう。多くの世論調査では、野党系への政権交代を望む声が優勢だ。

 大統領選にはこれまで最多の12人が立候補した。そのなかで野党ハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)氏(65)と同党を出て無所属で立った李会昌(イ・フェチャン)氏(72)、盧政権の流れをくむ民主新党の鄭東泳(チョン・ドンヨン)氏(54)の三つどもえの様相を見せている。

 社会の亀裂に対しては和解を訴え、格差是正を掲げる点で、主張に大きな違いはない。大企業の経営者出身の李明博氏は経済成長重視の色彩が濃く、鄭氏は庶民重視の姿勢を前面に出すといった肌合いの違いがある程度だ。

 明確に主張が分かれるのは北朝鮮に対する政策だ。対決ではなく融和を求める大枠では同じだが、野党系候補者は「太陽政策」を批判し、核問題の進展などで見返りをきっちり取るべきだとする。

 今のところリードが伝えられるのは李明博氏だ。だが、過去の株価操作事件など腐敗疑惑も多く指摘されており、関係者への検察の捜査も進行中だ。

 他の候補者や大統領府も巻き込むスキャンダルの暴露合戦が熱を帯びている。そのあおりで選挙戦でまともな政策論争がかすんでしまうようでは、国民の政治不信を深めるだけだろう。

 東アジアは大きく動いている。周辺の目も意識した建設的な論争を期待する。

中東和平会議―再開は歓迎するけれど

 行き詰まった中東和平に打開の道を探ろう――。ブッシュ米大統領の呼びかけで、イスラエルとパレスチナのほか、関係する40カ国以上が米国に集まった。こうした形での交渉は7年ぶりだ。

 残り任期がわずかとなったブッシュ氏が、在任中になんとか外交成果を生み出そうと調停に乗り出した。その思惑はともあれ、イラク戦争などのあおりで混迷してきたこの問題に向き合う決意は歓迎する。

 ただし、会議でパレスチナ側を代表するのは、アッバス議長が率いる主流派ファタハだけだ。自治区ガザを支配するイスラム過激派ハマスは招かれなかった。

 和平を拒否するハマスを相手にしないという米欧の考えも、理解できないわけではない。ハマスはイスラエルに対する武闘路線を放棄すべきだ。

 だが、ハマスは06年の議会選挙で過半数を占めた。パレスチナ世論の多数を代表すると言っていい。なのにこれを排除したままでは、会議でいくらイスラエルとの合意を作ったところで、実効性は疑わしい。

 パレスチナの分裂は今年6月、ハマスがガザからファタハを追い出したことが発端だ。米欧はアッバス議長支持を鮮明にし、ハマスに圧力をかける作戦に出た。イスラエルもガザを封鎖し、物資の搬入を厳しく制限している。

 その結果、孤立したガザでは人道危機が深まっている。病院では麻酔や抗がん剤などが底をつき、手術ができないまでに追い込まれている。これを放置して和平会議を進めるのは、あまりにもバランスを欠いていないか。

 ハマス系の慈善団体は、湾岸諸国などからの支援をもとにガザの人々の暮らしを支えている。むしろハマス支持は広がっている面もある。

 その一方で、暴力の連鎖は続く。ハマスはイスラエル領に向けてロケット弾の発射を繰り返す。イスラエル軍は自治区へ侵攻し、活動家の暗殺を続ける。

 国際社会は、まずガザの人道危機を終わらせるべきだ。次にハマスとファタハの内紛を収拾するよう促す。和平合意に実効性を持たせるには、こうした作業に早く手をつける必要がある。

 イスラエル側の足元も弱い。オルメルト首相が妥協すれば、連立している右派が政権から離脱する可能性がある。

 会議開始に先立って、ブッシュ大統領は「二つの民主国家が平和と安全のうちに共存するという目標をわれわれは共有する」と述べた。パレスチナ国家樹立への支持を確認するものだ。

 幸い、直接的な利害が絡むシリアやサウジアラビアも会議に参加した。米国は本気でイスラエルを説得すべきだ。

 ハマス指導部の中には、入植地の解体などを条件に「長期的停戦」に前向きな考え方もある。何らかの形でこうした穏健な主張を交渉の場に引き寄せる工夫もしてもらいたい。


天声人語

2007年11月28日(水曜日)付
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 〈あったことか、なかったことか〉。ハンガリー民話はこう始まることが多いという。そして、例えば主人公の将来に触れて〈死んでいなけりゃ、生きてるだろうさ〉と結ぶ(岩波文庫『ハンガリー民話集』)。ほのぼのとした味わいだ▼ある一編は、居酒屋で飲んだ3人のかみさん。勘定は亭主をだませなかった者が払うと、店主に告げた。全員、まんまと夫に一杯食わせて店に戻ると、店主が「分かった。勘定はわしがもつ」▼あったことか、なかったことか、温室効果ガスの排出枠という見えない物を、日本がハンガリーから買うそうだ。京都議定書の約束を守るため、かの国が約束以上に減らしたいくらかを、日本が減らしたことにする。ありふれた気体で商いが成立するとは、昔人もびっくりだ▼ロシアや東欧には排出枠が余っている。すべて放出すれば、各国はそれを買うだけで京都の誓いを果たせるらしい。これでは、温室ガスを元から減らそうという気がしぼまないか▼もちろん一番ひどいのは、最大の排出国なのに議定書を離脱した米国だ。豪州も離れたが、議定書の批准を公約した野党が先の総選挙で政権奪回を決めた。ブッシュ大統領に近い指導者が次々に退く▼主要国が責任を果たさねば、温暖化のツケは「3人のかみさん」のように、地球という店がかぶることになる。海面はせり上がり、島国は領土を減らすだろう。海のないハンガリーの人々が将来、はるか東の列島をこう記すことのないよう祈る。沈んでいなけりゃ、まだあるだろうさ。

2007年11月27日火曜日

社説の勉強 2007/11/27

http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20071126AS1K2600126112007.html

社説1 保守分裂がどう響く韓国大統領選(11/27)

 来月19日の投開票に向けた第17回韓国大統領選挙の候補者が出そろい、公式な選挙運動が27日から始まる。保守系の野党が10年ぶりに政権を奪回するかどうかが最大の焦点だ。国際社会は次期大統領が核問題や拉致問題を抱える北朝鮮にどのような政策で臨むかを注目している。選挙結果は今後の東アジア情勢にも大きな影響を与えるだろう。

 韓国の大統領選は5年に1度で、今回は盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の後継を選ぶ。26日に締め切られた候補者登録(公示)で、大統領選史上最多の12人が出馬した。現政権を支える進歩系と野党の保守系とも候補者の一本化に失敗し、例を見ない候補者乱立となった。

 有力候補は最大野党ハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)前ソウル市長、進歩系旧与党・大統合民主新党の鄭東泳(チョン・ドンヨン)元統一相、11月になって急きょ名乗りを上げた無所属の李会昌(イ・フェチャン)元ハンナラ党総裁の3氏とみられている。

 26日付の韓国紙、朝鮮日報が報じた世論調査結果によると、主要候補の支持率は李明博氏が38.3%とトップで、李会昌氏が19.3%、鄭氏が14.4%と続く。回答者のうち政権交代が必要は57.6%(前回6月調査は56.5%)で必要ないの15%(同27.9%)を大きく上回った。

 ただ、韓国大統領選は土壇場で情勢が変わり、事前の予想を覆す事例が続いている。李会昌氏は盧武鉉氏と一騎打ちとなった前回2002年にハンナラ党から出馬し優勢と伝えられながら、結局は得票率2.3ポイント差で敗れた。李会昌氏は前々回1997年も金大中氏に同1.6ポイント差で振り切られ、苦杯をなめた。

 それでも今回、3度目の挑戦をしたのは「土壇場の逆転」を期待しているのかもしれない。保守系も2人の李氏が立候補して分裂選挙となったが、最有力の李明博氏は株価操作事件への疑惑が浮上しており、選挙戦に不利との見方もある。

 北朝鮮政策を巡っては元統一相の鄭氏が盧大統領の「太陽政策」を継承する立場だ。これに対し李明博氏は北朝鮮の核廃棄を前提としながら改革・開放に導く路線を唱える。李会昌氏は北朝鮮政策を基本から見直すと主張する強硬派だ。

 仮に保守系候補が勝利すれば、金前大統領、盧大統領と2期10年続く北朝鮮への融和的な政策は軌道修正される公算が大きい。次期大統領は北朝鮮の全面的な核廃棄に向け、関係諸国とよく連携してほしい。

http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20071126AS1K2600326112007.html

社説2 生保は信頼を取り戻せるか(11/27)

 大手生命保険9社の2007年度上半期業績が出そろい、本業のもうけに当たる基礎利益は前年同期比で約4%減と5年ぶりの減益になった。保険料収入も減った。保険金の不払い問題の調査に人材を振り向けて営業が手薄になったほか、顧客が生保不信を募らせた影響も表れた。

 いわば構造的な生保離れを映す内容である。生保各社は最前線である営業職員の再教育や顧客に配慮した説明の強化などの対策を打ち出すが信頼回復は容易ではないだろう。

 生保業界は10月に01年度から5年間の保険金不払いや支払い漏れの調査結果を発表し、中堅・中小を含めた全38社で不払いは120万件、総額は910億円にのぼった。07年度上半期は、この長年に及ぶ不払い問題のウミを出すのに追われた期間だったといっていい。

 最大手の日本生命保険は上半期の4―9月で調査のために人件費、物件費など78億円を投じ、不払いだった保険金を105億円払った。この出費自体は業績の数字を大きく左右する規模ではないが、顧客の信頼を失った影響は小さくない。

 大手9社で新契約の年換算保険料は17%近くの大幅な減少になった。新契約のほか、保有契約の年換算保険料も大手生保のほとんどでマイナスとなった。若年人口が減り、柱だった死亡保障保険の市場規模は先細りが明白だ。各社は医療保険などの第3分野や年金保険などを新たな収益源にしようと躍起だが、十分な成果は出ていない。

 外資系生保や共済などが扱う、安い保険料で簡素な設計の保険に顧客が流れる傾向もある。大手生保は消耗戦につながるとして否定的だが、営業体制を見直して効率を上げれば保険料を下げる余地も出るのではないか。契約者への利益還元の充実も急ぐべきだ。

 不払い問題で営業職員が確認作業に追われた結果、新たに顧客の要望を発掘できた例もあるようだ。内外の景気に不透明感が増しており、株価下落などで運用環境も悪化する可能性がある。適切に保険金を支払うのは当然だが、それにとどまらず顧客の側に立った商品を提供し、銀行窓口など多様な販路も生かすことが、生保業界の将来を左右する。

http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20071126AS1K2600226112007.html

春秋(11/27)

 2つのとき東京から新潟・長岡に移り17までの多感な時期を雪国で過ごした堀口大学に、突然始まる山の冬を詠んだ短詩『夢のあと』がある。「越(こし)の山里冬早み/紅葉(もみぢ)がうへに雪降りつ/昨日(きそ)錦繍(きんしう)の夢のあと/今日白妙(しろたへ)のわがおもひ」

▼9月の残暑がひどかったせいで全国的に紅葉前線の訪れが遅れ気味の晩秋に、新潟・長野県境や東北、北海道から、この詩のとおりの雪の便りがしきりだ。11月に降った雪の深さを累計すると25日まででもう1メートルを超えた観測地点が十数カ所あり、積雪も11月としては過去最深になった所が続々出ている。

▼昨冬は気味の悪いほど暖かくて、12月から2月までの全国の平均気温は史上1位タイを記録した。雪も少なく、1月は新潟や仙台、金沢など7カ所で観測を始めて以来の「降雪のない正月」になった。12月から2月の累計降雪量が過去最少を更新したのも、今、早い冬に震える地域を中心に20地点を数えた。

▼異常暖冬から一転、本来の季節の運びに戻ったか、と思うのは早計らしい。寒気団が南下しやすくなっているのは、日本に異常気象をもたらすラニーニャ現象のせいだそうだ。大学の詩『自らに』にある「雨の日は雨を愛さう。/風の日は風を好まう。」という心境には、温暖化が心配な現代人は、なれそうにない。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html

暴力団抗争―こんな無法を許すな

 住宅地や商店、さらには病院にまで押し入って傍若無人の抗争を続ける暴力団に改めて憤りがこみ上げてくる。

 佐賀県武雄市の病院に入院中の自営業者が射殺された事件に絡み、暴力団道仁会系の組員が逮捕された。道仁会は福岡県久留米市に本拠を置き、組員が700人を超える九州最大規模の暴力団だ。

 同じ病室には事件の半月前まで、道仁会と抗争を繰り広げている九州誠道会系の関係者が入院していた。自営業者は間違われて犠牲になった可能性が高いという。人違いで殺されたとすれば、こんな理不尽なことはない。

 先週末には、福岡県大牟田市の病院の玄関前で、九州誠道会系の暴力団幹部が射殺された。

 暴力団の抗争が市民の生活の場にまで及んでいるのだ。市民が巻き添えになることは決してあってはならない。警察はあらゆる法律を使って双方の組織を摘発し、抗争を封じ込めるべきだ。

 抗争の発端は昨年5月、道仁会の会長の13年ぶりの交代だ。新しい会長に不満を抱いた傘下の組織が離脱し、九州誠道会を結成した。誠道会は組員300人余り。銃や刃物を使って互いに相手をつけねらう事件が福岡県だけでなく、佐賀、長崎、熊本県で相次いだ。

 その対立が一気に高まったのが今年8月、福岡市内で道仁会の会長が射殺されてからだ。翌日未明には九州誠道会系の暴力団会長が熊本市内で撃たれ、重傷を負った。武雄市や大牟田市の病院での事件は、そんな流れの中で起きた。

 抗争は収束する兆しもない。それどころか、さらに気がかりなことがある。日本最大の暴力団である山口組の一部がかかわっている疑いが出ているのだ。

 道仁会は1986年、山口組と対立し、抗争に発展した。このときには、双方の襲撃61回、死者7人、負傷者17人という記録が残っている。

 山口組は今回の抗争に介入しないことを表明している。しかし、九州誠道会に肩入れして動くようなことになれば、対立がさらに広がる恐れがある。

 そんな泥沼の事態にさせないためにも、各県警はとりわけ銃の摘発に力を入れるべきだ。抗争事件は銃の摘発の好機ともいえる。これを機に、道仁会と九州誠道会を壊滅に追い込むぐらいの決意で取り組んでもらいたい。

 道仁会などに限らず、暴力団を追いつめるには、資金源を締め上げることが欠かせない。いまや暴力団は普通の経済活動を装って金融の世界などにも進出している。警察は金融庁とも連携し、資金面の取り締まりを強める必要がある。

 暴力団対策法が施行されたのは92年だった。いま全国の組員は準構成員を含めて約8万5000人で、法の施行時からほとんど減っていない。

 今回の抗争は始まって1年半にもなる。いつまで暴力団の無法を許すのか。警察の力量が問われている。

豪政権交代―「米国追従」からの脱皮

 オーストラリア総選挙で野党の労働党が自由、国民両党の保守連合に圧勝し、11年ぶりに政権奪還を果たした。

 新首相となるラッド労働党首は外交官出身で、50歳という若さだ。96年から政権の座にあったハワード首相は自らの選挙でも落選し、政界引退を表明した。

 選挙戦で争点として注目を集めたのは地球環境問題とイラク戦争だった。

 ハワード政権は地球温暖化対策には消極姿勢が目立ち、温室効果ガスの排出規制をめぐる京都議定書に署名しながら批准を拒否した。その意味では、議定書から離脱した米国のブッシュ政権にとっては「非京都」の力強い仲間でもあった。

 しかし、豪州は去年、今年と2年連続で激しい干ばつに見舞われ、小麦やコメなどの穀物生産が大打撃を受けた。住宅の断水も続いている。

 これに対し、労働党は地球環境問題での政権の無策ぶりを批判し、京都議定書の批准を公約に掲げた。多くの先進国が温暖化対策への取り組みを強めるなかで、有権者の意識も高まりつつあり、労働党の大きな追い風になった。

 ラッド氏は年明けから京都議定書の批准作業に入る方針だ。アジア太平洋の有力国であるオーストラリアが議定書に復帰することを歓迎する。今後の「ポスト京都」の枠組みづくりに向けても大きな弾みになるのは間違いない。

 もう一つのイラク戦争についても、ラッド氏は「過ち」と明言し、イラクに駐留させる約1500人の豪軍の段階的撤退を主張した。まず約550人の戦闘部隊の引き揚げについて、米国と協議する意向だ。

 先ごろの総選挙で政権交代したポーランドでも、トゥスク新首相が約900人の部隊をイラクから完全撤退させる方針を表明した。今回の豪州の政権交代を含め、ブッシュ米政権が打ち出した「有志連合」の凋落(ちょうらく)はもはや覆いがたい。

 ラッド氏は「米国追従」とハワード政権を批判したものの、米国との同盟を「中軸」と位置づける基本路線は変えないとしている。アジアにもっと目を向ける一方、前政権ほどの「対米傾斜」は脱皮しようということだろう。

 経済政策でも大胆な軌道修正は掲げなかった。こうした穏当さが政権交代への有権者の不安を除き、支持を広げることにつながったようだ。

 米国、アジアとの共鳴外交をうたっている福田首相とも通じるところがありそうだ。ともに米国の同盟国であり、この地域の安定と繁栄に共通の利益を持つ。両国が協力することで成果を上げられるテーマは少なくない。東アジア共同体構想の推進はその一つであり、日豪の連携が求められている。

 地球環境問題に熱心な政権が生まれるのも心強い。来年の洞爺湖サミットの重要テーマでもあり、米国や中国、インドを引き込んでいく日本の環境外交のパートナーとして協調を深めていくべきだ。

http://www.asahi.com/paper/column.html

天声人語

2007年11月27日(火曜日)付
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 映画「卒業」の製作から40年だという。大学を出て帰郷したベンが、幼なじみのエレーンと恋に落ちる。訳あって、他の男と結婚式を挙げる彼女を教会から奪い去る場面は、サイモン&ガーファンクルの音楽とともに映画史に刻まれた▼ベンを演じたダスティン・ホフマンが、年を重ねた今の姿で教会へと車を飛ばすCMがある。曲は懐かしのミセス・ロビンソン。今度は花嫁の父親役で、連れ戻した娘に一言、「ママの時と同じだ」。出世作をパロディーにしたドイツ車アウディの広告(日本未放映)だ▼新宿の映画館で、夜を徹して世界のCM500本を見た。全国を回る有料イベントで、9年目になる。始発が動くまでの7時間、約千人が50カ国の創意を堪能した▼字幕いらずの爆笑編からエイズ予防の社会派まで、一つの映像として楽しめる作が多い。毎年、興行が成り立つ理由が分かった。ただ、日本のCMは15秒か30秒と短い。商品と芸の両方を見せるには窮屈なのか、物語の妙より旬の人気者に頼る傾向を感じた▼CMは見せ方次第で逆効果にもなると、先ごろの記事にあった。慶応義塾大学、榊博文教授らによる「山場CM」の調査だ。「驚きの結末はCMのあと!」といった中断は86%を不愉快にさせ、そのCMの商品も34%が買いたくないそうだ▼巨費を投じて嫌われては、広告主はたまらない。効果を冷徹に測る企業が増えているのは当然だろう。どう楽しませ、かつ買わせるか。時には、見る者の心を鮮やかに奪い去るような一本に出会いたい。

2007年11月26日月曜日

社説の勉強 2007/11/26 日経ネット

9:30 日経1
9:33 日経1要旨
9:35 日経2
9:37 日経1要旨
9:40 朝日
9:43 朝日要旨

日経
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20071125AS1K2500225112007.html

社説1 11年ぶり豪新政権の外交に注目したい(11/26)

 オーストラリアで野党・労働党が11年ぶりに政権を奪回する。次期首相に就任するラッド党首(50)は2008年半ばまでのイラク駐留豪軍の一部撤退や温暖化ガスの排出削減義務を定めた京都議定書の年内批准などを公約に掲げ、総選挙で勝利した。豪州とは今年3月に日豪安保共同宣言に署名するなど日本にとって戦略的に極めて重要な国だけに、新外交の展開を見守りたい。

 24日投開票の総選挙で保守連合(自由党と国民党)を率いたハワード首相(68)は自らも落選した。財政黒字を達成し経済も好調ながら4期11年8カ月と豪史上2番目の長期政権が敗れたのは有権者の「飽き」があったと分析されている。

 ハワード首相の退場に伴い、03年のイラク開戦でブッシュ米大統領を支持した「有志連合」のブレア前英首相、ベルルスコーニ前伊首相ら米国の盟友だった主要国首脳はすべて退く。親日家のハワード首相は日本を「親密なパートナー」と呼び、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りも積極的に支持してきた。

 ラッド次期首相は外交官出身でもあり、強い同盟関係にある米国を最重視する路線を引き継ぐのは間違いない。ただ選挙戦で「イラク侵攻は誤りで、アフガニスタンを重視すべきだ」と訴えてきた経緯があり、イラク駐留豪軍撤退などを巡って対米関係が微妙になる可能性もある。

 労働党は1980年代から90年代にかけても政権を担い、アジア太平洋経済協力会議(APEC)を提唱するなどアジア重視の姿勢を示した。ラッド次期政権になっても対日関係に大きな変化はないだろう。

 小泉純一郎元首相、ブッシュ大統領、ハワード首相時代のような日米豪の蜜月関係は若干変わるかもしれない。だが日豪は今年6月に初会合を開いた外交・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)などを踏まえ「テロとの戦い」などで連携を強化する必要がある。

 ラッド次期首相は外交官として北京に駐在した経験もあり、中国の胡錦濤国家主席とは通訳なしに中国語で会談する間柄だ。資源大国の豪州にとって最大の貿易相手国は日本から中国にかわりつつある。中国は日本に先行し、豪州との自由貿易協定(FTA)交渉に入っている。日本としては「経済安全保障」の観点から日豪経済連携協定(EPA)交渉を着実に進めなければならない。

 ラッド次期首相がハワード政権が拒否してきた京都議定書批准を「最優先課題」と公約したことは大きな方針転換であり、歓迎したい。

社説2 WTO交渉を頓挫させるな(11/26)

 世界貿易機関(WTO)のパスカル・ラミー事務局長が多角的通商交渉(ドーハ・ラウンド)の年内の大筋合意を断念したことを公式に表明し、世界の自由貿易体制を強化する道筋が見えなくなってきた。海外市場への輸出や投資なくして持続的な成長を果たせない日本には重大な危機である。福田康夫首相は、WTO交渉の難局を座視すべきではない。

 交渉の進展を阻む壁は、日米欧などの先進国と、インド、ブラジルを代表とする途上国グループの対立である。とりわけ焦点となっている分野が農業だ。先進国が自国の農業を守るために設けている高率の関税や補助金を大幅に削減しない限り、途上国は鉱工業品の関税を下げるわけにはいかないと主張している。

 年内の決着を断念すれば、次にいつ交渉進展の機会が訪れるかは分からない。米国のブッシュ政権は農家の不評を買う農業補助金の削減に踏み切れないでいる。実質的な交渉は来年11月の米大統領選の後に持ち越される可能性が大きい。

 交渉参加国の間では米国の責任を問う声が強い。だがWTO交渉が頓挫した場合、米国以上に困るのが日本である。少子高齢化で労働力人口が減少し、国内市場が縮小する日本は、グローバル市場に活路を見いだすほかに経済発展の道はない。

 一例として日本経済のけん引役である自動車産業をみれば、トヨタ自動車の海外での売上高の比率は74%、ホンダは85%に達している。今までは米欧の先進国市場が中心だったが、今後は中国、インド、ブラジル、ロシアなどの新興経済大国でも収益を上げていく必要がある。

 まだ関税が高いこれらの新興国や途上国を自由貿易体制に組み込むには、2国間で結ぶ自由貿易協定(FTA)だけでは不十分だ。世界約150カ国・地域が参加するWTO交渉を推し進めていくしかない。

 農業保護を優先する日本は交渉の舞台で矢面に立たぬよう、あえて静かに振る舞っているのではないか。批判の矛先が米国に向かっているからといって、難局の打開に努力しない無責任な姿勢は許されない。

 福田政権は今こそ率先して農業改革と市場開放の方針を示し、WTO交渉の前進を堂々と主張すべきだ。



春秋(11/26)

 ほとんどの自衛官がそれを知らない。武道館で開いた今年の自衛隊音楽祭りでも披露されなかった。そんな幻の自衛隊応援歌がある。題名は「オール・ツー・ワン~ひとつに」。伸びやかないい曲だが、歌詞がいかにも意味深長である。

▼「ひとつに」は陸海空3自衛隊の統合運用を意味する。「空が大地とひとつに、海が空とひとつに」と歌詞にある。「海と大地がひとつに」はない。陸と空、海と空は協力できても陸と海は難しい。冷戦時でも「米陸軍の最大の敵はソ連陸軍ではなく米海軍」といわれた。古今東西を問わず陸軍と海軍は仲が悪い。

▼「ひとつに」は、だから重要なのだが、長期間にわたり防衛省で絶大な権力を誇った守屋武昌前次官は「オール・ツー・ワン」を「ひとつに」ではなく「ひとりに」と誤解した。全組織は自分のためにある、自衛隊員倫理規程も自身には関係ないと思い込み、接待ゴルフに溺(おぼ)れた。独裁者が陥りがちな悲劇である。

▼権力の座を去る瞬間、ひとはしばしば歴史に残る言葉をはく。33年前のきょう、金脈問題で退陣表明した田中角栄首相は「一夜、沛然(はいぜん)として大地を打つ豪雨に心耳を澄ます思い」と述べた。澄んだ心境が伝わるが、田中氏の悲劇はそれで終わらなかった。2年後のロッキード事件は元首相の逮捕にまで至った。

Asahi.com
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

希望社会への提言(5)―「第6次産業」を育てよう

・地域の「宝」掘り起こし、知恵を出し合い磨く

・「生産力・加工力・販売力」の三拍子で相乗効果を

     ◇

 地域を主役にした仕組みに日本を造りかえよう、と前回まで提言した。ではそのうえで、疲弊する地域経済を立て直すにはどうしたらいいだろうか。

 各地の成功例には、そのヒントが隠されているはずだ。

 日本海に面する兵庫県豊岡市で、不思議な光景に出会った。農閑期なのに、あちこちの田んぼで、田植えの前のように水が張られているのだ。こうすればイトミミズが増えて土が肥え、雑草が生えにくくなる。無農薬や減農薬の栽培がしやすくなるという。ドジョウなどの水生動物が増え、コウノトリの格好のえさ場にもなっている。

 日本のコウノトリは71年、この地域で絶滅した。農薬が命を縮めた。その後、人工飼育に努め、いま野生復帰したコウノトリ19羽がこのあたりに生息する。

 この方法で03年に米を作り始めた時には栽培面積が1ヘクタールもなかったが、4年間で157ヘクタールへ広がった。

 この秋、イトーヨーカ堂が始めたネット通販の新米に、ここの米が入った。5キロ3620円。新潟の南魚沼産に続いて2位の高値だ。安めの米の3倍近い。コウノトリがすむ田の米は安全でうまいという評価が定着したからだ。大阪市内の生協の組合員との交流も生まれ、顔の見える取引が増えている。

 食材のグローバル化が進む一方で、安全安心への需要が高まっている。農業に活路を見いだすには、このように「安全な食の供給基地」をめざすことが大切だ。そして、ネットも活用しながら消費者を直接つかんで独自の販路をつくる。いちどは絶滅したコウノトリが、そうした方向を暗示している。

 過疎地は日本の面積の半分を占める。雪深い新潟県の旧安塚町(現上越市)でも高齢化が深刻だ。だが、暗い影があまりない。民泊して農村体験する小中学生らが年間900人も訪れる。笹(ささ)だんごを売ったり、米のオーナーを募ったりと都会との交流が盛んだ。高齢化の進んだ集落が、こうした共同事業で年間1700万円を稼ぐ例もある。

 きっかけは、厄介な「雪」をお金に換えたことだった。21年前、町は雪だるま形の容器に雪と地元の特産品を詰めて出荷してみた。これが当たった。

 元町長の矢野学さん(67)は、さらに活用を思いつく。冬場に積もった雪を建物の地下にため、夏場の冷房に使う。これを高齢者施設や中学校へ広げ、大幅に電気代が節約できた。雪室で米や酒を貯蔵する事業も軌道に乗った。

 雪による町おこしが呼び水となり、宿泊体験者が相次ぐようになった。

 矢野さんは「商売する集落になろう」と呼びかける。知恵をしぼって、地域のハンディでさえ得意技に変えてしまう。それが現金収入に実れば、住民のやる気と自立心がさらに育つのだ。

 商店街に目を移そう。劇的に変わった街が滋賀県長浜市にある。「黒壁スクエア」と呼ばれ、約300メートル四方にレトロ調の店が並ぶ。むかし豊臣秀吉が長浜城主のころ、「楽市楽座」という無税の規制緩和街として栄えたところだ。

 88年4月に調べたら、商店街の人通りが日曜の1時間でたったの4人。大型店進出のあおりで、さびれきっていた。

 そのころ、「黒壁」の愛称で親しまれていた旧銀行の建物が取り壊されそうになる。中小企業経営者らが市と協力して建物を買い取り、翌年、ガラスを中心にした街づくりに乗り出した。建物は「黒壁ガラス館」として再生された。

 ガラスに縁はない土地だったが、欧州産を含め工芸品を展示販売したら受けた。各地から制作家が集まり、いまやガラス工芸の街として知られる。

 近くの北国街道沿いの古い町家が、工房やギャラリーに改装された。県外の人が経営する店も多い。街路は楽市楽座時代の区割りそのままによみがえった。いま、年間200万人を呼び込む。

 ものづくりの分野でも、伝統技術を生かして世界に輸出しているところがある。洋食器で知られる新潟県燕市では、磨き工程の下請け会社群が、アップル社の携帯音楽プレーヤー・iPod裏面の鏡面仕上げを担当した。

 国内有数の筆の産地、広島県熊野町の業者は、高値で売れる化粧用の筆に技術を応用し、海外に販路を広げる。

 「第6次産業」という造語がある。

 1次は農林水産、2次は製造加工、3次は販売サービス業だが、三つの数字を足しても掛けても、答えは「6」。掛けた場合は、どれかがゼロになると結果もゼロになってしまう。

 もとは、加工・販売まで一貫した農業づくりを提唱した言葉だが、地域経済にとってもこの相乗効果が欠かせない。

 自然や歴史、伝統といった足元の「宝」を掘り起こし、加工し、付加価値をつける。そして都会のニーズをつかみ売り込む。ここに取り上げた各地は、その総合力で自立の鍵をつかんだ。

 活性化といえば、いまだに公共事業や補助金を霞が関へ陳情するのがお定まりだ。だが、外からのお金に頼っているかぎり、自立はおぼつかない。

 地域がもつ知恵を出し合うことこそが「宝」を磨くことになるだろう。


天声人語
2007年11月26日(月曜日)付

 サッカー日本代表のオシム監督(66)は、祖国ユーゴスラビアの解体や、ボスニア内戦といった辛酸をなめてきた。それゆえだろうか。口をつく言葉は奥が深い。民族の悲劇が、名将の人生に、深々とした陰影を刻んでいるように見える▼動じない精神力と、異文化への広い心が持ち味である。それを戦争体験から学んだのかと聞かれ、「(影響は)受けていないと言った方がいい」と答えたそうだ。「そういうものから学べたとするのなら、それが必要なものになってしまう。そういう戦争が…」(木村元彦『オシムの言葉』)▼内戦の死者は20万を数え、サラエボの街は破壊された。街の一角に、監督が生まれ育った地区がある。そこで起きた悲劇を描く映画『サラエボの花』が、近く東京の岩波ホールで上映される。内戦下の組織的レイプを見据えて、内容はずしりと重い▼この映画に、脳梗塞(こうそく)で倒れる直前のオシム氏が文章を寄せている。愛してやまない故郷を、「すべての者が共存し、サッカーをし、音楽を奏で、愛を語らえる場所だった」と誇らしげに思い起こしている▼その故郷を、「人類のモラルと良心がかき消された、世界史上に類のない場所になってしまった」と言い切るのは、辛(つら)かっただろう。燃えるような郷愁と、戦争への憎悪が渦を巻く、切ない一文である▼オシム氏の容体は予断を許さないと聞く。現役時代の氏は、ハンカチ一枚の隙間(すきま)があれば、3人に囲まれても突破したそうだ。危機を突破して、新たな言葉を聞かせてくれるよう願う。