社説 観光振興は「外からの目」を生かして(11/28)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20071127AS1K2500127112007.html
日本の地域経済は有力な資源を活用し切れていない。大都市にない豊かな自然や味わい深い文化であり、その有機的な結び付きが観光という産業の推進力となる。
北海道・釧路のさらに東に霧多布(きりたっぷ)という国内3位の面積の湿原が広がる。ここで湿原保護と自然観察ツアーなどの活動をする特定非営利活動法人(NPO法人)、霧多布湿原トラストが今年、環境省のエコツーリズム大賞を受賞した。国土交通省からも地域づくりで表彰された。
自主的に収入再配分
霧多布の美しさに魅入られた東京の旅行者が勤め先を辞めて移住したのが始まりだ。若い漁師らとまちづくりに乗り出す。寄付を募り、民有の湿原を少しずつ買い上げた。今では修学旅行生や海外の自然愛好家を含め年間40万人が訪れる。NPO法人の会員は約3000人に増えた。
行政の号令ではなく、主体になったのは普通の人々だ。そして発端は「よそ者」の目だった。
国内の観光は2005年度で24兆円と、国内総生産(GDP)の約5%に当たる一大産業だ。200万人を超す雇用も生む。食や輸送など波及効果を含めると、市場規模は2倍を超す。ただし日本人の宿泊旅行の55%、外国人旅行の70%が三大都市圏でおカネを落とす。
地方で観光を伸ばす余地は大いにある。都市の人たちが魅力ある地域で、楽しく、自主的に収入を再配分するのが観光の役割だ。税金という形でカネだけが動くのと、どちらが望ましいか。明らかだろう。
北海道の倶知安は2年連続、住宅地の基準地価の上昇率が3割を超え日本一になった。パウダースノーという雪質の良さから豪州のスキー客が別荘を建て始めたからだ。富良野は脚本家の倉本聰氏、美瑛は写真家の前田真三氏と、新しい視点をきっかけに観光地へと変身した。
家庭に伝わる人形を展示し有名になった新潟県村上市。土塀や路地など伝統的な景観を復活させた長野県小布施。古民家を何軒も再生し、生活文化の伝承の場とし、世界遺産にもなった島根県の石見銀山。昭和30年代の商店街を復活した大分県の豊後高田。いずれも外国人や大都市からのUターン組など、外からの目がうまく働いた。斬新な着想を地元が受け入れ、集客につながった。
対照的なのが、自治体と金融機関が主導し1990年代に各地に造られたテーマパークだ。第三セクターによる物まね施設で客は呼べない。
地域が個性を示すなら、「小京都」や「小銀座」を目指す必要はない。本土復帰ブームの後、いったん停滞した沖縄の人気が復活したのは「国内版ハワイ」を目指すことをやめ、テレビドラマなどを通じ、ゆったりと時間の流れる独自の生活文化が理解されたからだろう。北海道や東北は先住のアイヌ民族や縄文人の文化を掘り起こすことで、新たな観光客が足を運んでいる例もある。
インドネシアのバリ島では、棚田を望む高級ホテルが外国人の手で開発されリゾート地になった。日本では大分県の湯布院がこれに近い。
自治体や既存の観光業者は先例踏襲や横並びに陥りがちなので、支援に徹した方が良いだろう。案内業務や観光地図の作製は市町村ごとに手掛けず、広域で協力すれば利用者に便利だし経費も削減できる。
外国人を待たせるな
日本を訪れる外国人が不便を感じないようにも、もっと努力したい。地方空港は出入国管理の職員や窓口が少ない。とくに国際定期便のない空港では、韓国、台湾などからの国際チャーター便の発着する観光シーズンには、出入国の長蛇の列ができる。心地よくはあるまい。
政府の観光立国推進基本計画では、全空港で待ち時間を20分以下にするという目標を掲げている。ぜひ実現すべきであり、検疫、税関業務を含め人員配置を工夫し、地元の自治体職員の活用や権限移譲も検討すべきではないか。
今月発行の『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』の表紙を秋田県の田沢湖が飾った。本文中では近くの鶴の湯温泉の雪景色を「ただの温泉ではなくhitou(秘湯)」として詳しく紹介した。日本に目を向ける外国人の関心対象をいち早くつかみ、地方と協力し積極的に売り込むのも政府や関係機関の仕事だ。海外のテレビ放送網への印象的な広告やインターネットなどを使った情報発信ももっと充実すべきだろう。
競争相手は国内にとどまらない。中東、南アジアでは医療や美容、マカオではカジノを売り物に世界中から観光客を集める。これまでの常識にない案でも、まずやってみる。地方の観光の競争力を高めるには、そんなベンチャー精神が欠かせない。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20071127AS1K2700127112007.html
春秋(11/28)
2000年もの間、同じ土地で、ずっと同じ作物をつくり続けて、連作障害も土壌流失もない。自然が肥よくな土を運んでくる河口のデルタとは違う、人間が開いた歴とした耕地。日本の田んぼは米の収穫のほか、国土の保全や水資源の涵養(かんよう)、山と里と海を結ぶ生態系の懸け橋まで担う。
▼米の値が下げ止まらず、稲作農家の経営がピンチだという。役所が防災機能を強調する森林の場合、主産物の木材市況はまだ不透明だが、温暖化ガスCO2の吸収源として、その整備には相当額の予算が投じられる。それに比べ、水田の環境貢献は評価が低い。
▼与野党がそれぞれ掲げる農家への所得補償は、農業政策というより集票策の気配も濃いが、議論の過程で環境保全という視点は欠かせない。地球の温暖化では、大量の炭素ストックを持つ土壌が、焦点になっているからだ。大地が炭素を吸収せず放出し始めると、温暖化は加速度的に進む。
▼評論家の富山和子さんが毎年出している「日本の米カレンダー」の2008年版は、島根県大田市のヨズクハデを表紙にしている。4本の柱を組み上げ、約5俵分の稲束を干す大きな稲架(はさ)で、四方八方から風が通り抜ける。農林分野の補助金や補償には、不透明さがつきまとう。せめてヨズクハデのような風通しのいい議論を――。
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
韓国大統領選―10年の流れが変わるか
韓国の大統領任期は5年、1期限りである。この10年は、かつて軍事独裁と戦った民主派の金大中氏と盧武鉉氏が政権を率いてきた。この流れが続くか、あるいは保守派へと政権交代するのか。
きのう始まった大統領選の最大の焦点だ。来月19日の投票に向け、激しい選挙戦の火ぶたが切られた。北朝鮮への対応、国民の間に広がった亀裂の修復。経済の立て直し……と、争点は多い。隣の国としても無関心ではいられない。
この10年、北朝鮮に対するいわゆる「太陽政策」を続けた結果、南北関係は飛躍的に進展した。いまや北朝鮮が生きていくうえで、韓国は欠かせない存在になった。それだけ北からの脅威は少なくなったと評価される半面、譲りすぎではないのかとの批判もある。この政策をそのまま続けるか、修正するか。
盧武鉉時代に進められた「過去の見直し」政策が残した亀裂をどう修復するかも大きな関心を呼んでいる。
大統領は、日本の植民地統治に協力した「親日派」を洗い出したり、金大中氏拉致事件など軍事政権時代の暗部を明らかにしたりもした。長年の体制派や既得権益に切り込む一方で、秩序が揺さぶられ、世代対立まで引き起こしている。
経済では日本同様、勝ち組と負け組の格差問題に批判が集まる。
10年前の通貨危機を大胆な構造改革で乗り越え、全体では急速な回復を果たした。だがその過程で、不動産が高騰し、若者たちの就職難が続く。非正規雇用の拡大も深刻になりつつある。
そんな現実が背景にあるからだろう。多くの世論調査では、野党系への政権交代を望む声が優勢だ。
大統領選にはこれまで最多の12人が立候補した。そのなかで野党ハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)氏(65)と同党を出て無所属で立った李会昌(イ・フェチャン)氏(72)、盧政権の流れをくむ民主新党の鄭東泳(チョン・ドンヨン)氏(54)の三つどもえの様相を見せている。
社会の亀裂に対しては和解を訴え、格差是正を掲げる点で、主張に大きな違いはない。大企業の経営者出身の李明博氏は経済成長重視の色彩が濃く、鄭氏は庶民重視の姿勢を前面に出すといった肌合いの違いがある程度だ。
明確に主張が分かれるのは北朝鮮に対する政策だ。対決ではなく融和を求める大枠では同じだが、野党系候補者は「太陽政策」を批判し、核問題の進展などで見返りをきっちり取るべきだとする。
今のところリードが伝えられるのは李明博氏だ。だが、過去の株価操作事件など腐敗疑惑も多く指摘されており、関係者への検察の捜査も進行中だ。
他の候補者や大統領府も巻き込むスキャンダルの暴露合戦が熱を帯びている。そのあおりで選挙戦でまともな政策論争がかすんでしまうようでは、国民の政治不信を深めるだけだろう。
東アジアは大きく動いている。周辺の目も意識した建設的な論争を期待する。
中東和平会議―再開は歓迎するけれど
行き詰まった中東和平に打開の道を探ろう――。ブッシュ米大統領の呼びかけで、イスラエルとパレスチナのほか、関係する40カ国以上が米国に集まった。こうした形での交渉は7年ぶりだ。
残り任期がわずかとなったブッシュ氏が、在任中になんとか外交成果を生み出そうと調停に乗り出した。その思惑はともあれ、イラク戦争などのあおりで混迷してきたこの問題に向き合う決意は歓迎する。
ただし、会議でパレスチナ側を代表するのは、アッバス議長が率いる主流派ファタハだけだ。自治区ガザを支配するイスラム過激派ハマスは招かれなかった。
和平を拒否するハマスを相手にしないという米欧の考えも、理解できないわけではない。ハマスはイスラエルに対する武闘路線を放棄すべきだ。
だが、ハマスは06年の議会選挙で過半数を占めた。パレスチナ世論の多数を代表すると言っていい。なのにこれを排除したままでは、会議でいくらイスラエルとの合意を作ったところで、実効性は疑わしい。
パレスチナの分裂は今年6月、ハマスがガザからファタハを追い出したことが発端だ。米欧はアッバス議長支持を鮮明にし、ハマスに圧力をかける作戦に出た。イスラエルもガザを封鎖し、物資の搬入を厳しく制限している。
その結果、孤立したガザでは人道危機が深まっている。病院では麻酔や抗がん剤などが底をつき、手術ができないまでに追い込まれている。これを放置して和平会議を進めるのは、あまりにもバランスを欠いていないか。
ハマス系の慈善団体は、湾岸諸国などからの支援をもとにガザの人々の暮らしを支えている。むしろハマス支持は広がっている面もある。
その一方で、暴力の連鎖は続く。ハマスはイスラエル領に向けてロケット弾の発射を繰り返す。イスラエル軍は自治区へ侵攻し、活動家の暗殺を続ける。
国際社会は、まずガザの人道危機を終わらせるべきだ。次にハマスとファタハの内紛を収拾するよう促す。和平合意に実効性を持たせるには、こうした作業に早く手をつける必要がある。
イスラエル側の足元も弱い。オルメルト首相が妥協すれば、連立している右派が政権から離脱する可能性がある。
会議開始に先立って、ブッシュ大統領は「二つの民主国家が平和と安全のうちに共存するという目標をわれわれは共有する」と述べた。パレスチナ国家樹立への支持を確認するものだ。
幸い、直接的な利害が絡むシリアやサウジアラビアも会議に参加した。米国は本気でイスラエルを説得すべきだ。
ハマス指導部の中には、入植地の解体などを条件に「長期的停戦」に前向きな考え方もある。何らかの形でこうした穏健な主張を交渉の場に引き寄せる工夫もしてもらいたい。
天声人語
2007年11月28日(水曜日)付
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〈あったことか、なかったことか〉。ハンガリー民話はこう始まることが多いという。そして、例えば主人公の将来に触れて〈死んでいなけりゃ、生きてるだろうさ〉と結ぶ(岩波文庫『ハンガリー民話集』)。ほのぼのとした味わいだ▼ある一編は、居酒屋で飲んだ3人のかみさん。勘定は亭主をだませなかった者が払うと、店主に告げた。全員、まんまと夫に一杯食わせて店に戻ると、店主が「分かった。勘定はわしがもつ」▼あったことか、なかったことか、温室効果ガスの排出枠という見えない物を、日本がハンガリーから買うそうだ。京都議定書の約束を守るため、かの国が約束以上に減らしたいくらかを、日本が減らしたことにする。ありふれた気体で商いが成立するとは、昔人もびっくりだ▼ロシアや東欧には排出枠が余っている。すべて放出すれば、各国はそれを買うだけで京都の誓いを果たせるらしい。これでは、温室ガスを元から減らそうという気がしぼまないか▼もちろん一番ひどいのは、最大の排出国なのに議定書を離脱した米国だ。豪州も離れたが、議定書の批准を公約した野党が先の総選挙で政権奪回を決めた。ブッシュ大統領に近い指導者が次々に退く▼主要国が責任を果たさねば、温暖化のツケは「3人のかみさん」のように、地球という店がかぶることになる。海面はせり上がり、島国は領土を減らすだろう。海のないハンガリーの人々が将来、はるか東の列島をこう記すことのないよう祈る。沈んでいなけりゃ、まだあるだろうさ。
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