社説1 収賄容疑者はなぜ次官になれたのか(11/29)
こんな男を誰が次官にした――と憤りを禁じ得ない。守屋武昌前防衛事務次官を巡る接待疑惑は、夫婦で収賄の疑いをかけられ逮捕される、あきれた汚職事件に発展した。
事件の構図をみれば、前次官だけが業者と結託していたとは思えない。政官の防衛関係者は政官業癒着による利権を生じさせないよう姿勢を正すとともに、防衛調達の仕組みを点検し改める必要がある。
容疑内容は「防衛商社が便宜を受けた謝礼として費用を丸抱えしたゴルフ旅行に夫婦で3年間に計12回行った」だ。次官就任後で総額400万円弱とワイロ性が際だつ接待を選び出したもので、不正な利益供与がこれだけと検察が判断したわけでは無論ない。妻の口座に贈賄側から200万円超が振り込まれた事実も新たに浮上した。
ゴルフ接待だけでも、課長だった12年前からずっと年に2、30回あり、別途、供応や贈答も受けていた。収賄容疑をはらむ行為を重ねつつ次官に上りつめたわけだ。
贈賄側の商社は過去に装備品の納入契約で水増し請求が発覚した。ところが、取引停止処分を受けず、その後も過大請求を繰り返したことが防衛省の調査で判明している。前次官を取り込んだ同社の“自信”が不正の背後にあったのではないか。
前次官がはかった便宜により贈賄側がどんな利益を得たのか、検察はつまびらかにしてほしい。さらに国会での前次官の証言には「虚偽の陳述」を疑わせる部分がある、と指摘されており、そこも十分に捜査してもらいたい。
汚職が疑われる行為を長年続けた人物を放置したばかりか事務方の最高の地位に上らせた、歴代防衛相・防衛庁長官、幹部職員らの責任は重い。また前次官は防衛族議員と親密な関係を築いて省内での力を確立したとされる。ならば、そうした政治家たちにも責任がある。
国会がそれを追及するのは当然だが、民主党の戦術には疑問が多い。証人喚問の議決は全会一致で、とする原則を崩せば、人権上の問題を生ずる可能性がある。10月に同様の議決があった際、江田五月参院議長が差し戻したのはこのためだった。
2006年12月4日の宴席への額賀福志郎財務相の出席に焦点を当てた追及も本質を外れている。宴席問題をめぐる自民、民主両党の主張を比べれば自民党に分がある。民主党が前次官から電話で聞いた情報というが、電話だけで座席表を確認できたのか。録音テープの公表など、より説得力のある説明が要る。
社説2 日越EPAへ交渉加速を(11/29)
ベトナムのチェット国家主席(大統領)が国賓として来日している。福田康夫首相と会談し、日越経済連携協定(EPA)の早期締結で一致したことを評価したい。中国と国境を接し、日本のシーレーン(海上交通路)である南シナ海に長い海岸線で面しているベトナムは、日本にとり地政学的に極めて重要な国だ。
チェット主席の訪日は25―29日の5日間で、天皇、皇后両陛下主催の宮中晩さん会にも臨んだ。日越首脳会談で「戦略的パートナーシップに向けたアジェンダ」と題する共同声明に署名し、EPA交渉を「さらに進める」と明記した。
チェット主席は28日の日本記者クラブでの記者会見で、EPAに関し「来年(1月再開)の最初の交渉で合意するのが望ましい」と述べた。交渉は日本側がコメや果物などの除外を主張、現時点では歩み寄りは難しい。だが来年は日越国交樹立35周年でもあり、両国が大局的な観点から交渉を加速すべきだ。
日本は年間1000億円規模の政府開発援助(ODA)を実施し、ベトナムにとって最大の援助供与国だ。日本の対越直接投資は1998―2003年は年間1億ドル前後で推移していたが、昨年は9億ドルを超えた。中国の人件費上昇に伴い、ベトナムは「中国プラス1」の投資先として日本企業も注目している。
昨年10月の安倍晋三首相(当時)とズン首相による会談で「戦略的なパートナーシップ」を目指すことで合意し、両国関係に一段と弾みがついた。今年9月には日本のODAでベトナム南部に建設中の橋崩落事故が起き、多数の死傷者が出たが、関係はそれほど悪化していない。
福田首相は今回の会談で事故に触れ、犠牲者に哀悼の意を表すとともに二度とこのような事故が起こらないよう努めたいと伝えた。チェット主席は「事故は双方とも望まなかったもので、友好関係に悪影響を及ぼしてはならない」と応じた。
ベトナムの元首である国家主席の訪日は初めてだ。チェット主席は日本の国連安全保障理事会常任理事国入りへの支持を再確認し、北朝鮮問題解決に向けた日本の努力にも支持を表明した。日越は東アジアの安全保障でも連携を密にしてほしい。
春秋(11/29)
月に2―3回は週末に夫婦でゴルフ、年に2―3回は泊まりがけで2人連れだってのゴルフと旅行。平日も時々は2人で料亭やレストランで食事を。きのう収賄容疑で逮捕された守屋武昌前防衛次官夫妻の行動パターンは、一見すると熟年夫婦の理想型だ。
▼毎晩接待と飲み会の夫は、週末にはつき合いゴルフに出かけ、妻は友人とグルメとショッピングに精を出す、なんて夫婦よりは会話も多いはずだ。問題はお2人様のゴルフ旅行や飲食の代金を、夫が職務権限を持つ役所の納入業者が全部持っていたことである。ゴルフ旅行の費用は5年間で400万円ほどという。
▼高給をはむ高級官僚が、せっかくの夫婦の時間を、400万円で贈賄業者に売り渡していた、という悲しい見方もできる。防衛次官といえば、職位は大将に相当する。夫を籠絡(ろうらく)せんと、妻に急接近する贈賄側。「将を射んとすればまず馬を」の策に、まんまとはまってしまったのだろうか。
▼防衛省内の夫人グループへの供応、守屋夫人個人への金銭提供なども疑われている。特定業者と守屋夫妻のただならぬ関係は10年以上続いていたとされるのに、次官という権力の座にいる間にはいっさい表ざたにならなかった。夫妻の逸脱の背後に横たわる、防衛装備調達にかかわる構造的な闇に、光を当てたい。
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
社説
2007年11月29日(木曜日)付
前次官逮捕―防衛汚職の底知れぬ闇
額賀氏喚問―国政調査権の名が泣く
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前次官逮捕―防衛汚職の底知れぬ闇
「刑事罰に該当するということであれば、それを逃れる考えは全くない」。自らの疑惑について参院の証人喚問でこう述べた守屋武昌・前防衛事務次官が、収賄容疑で妻とともに逮捕された。
前次官が軍需専門商社「山田洋行」の元専務からゴルフ接待を受けていたことが明らかになって1カ月余り。底知れない様相を呈していた防衛利権疑惑は、防衛官僚トップの汚職事件に発展した。
前次官は妻と共謀し、装備品納入などで元専務に便宜を図ったことへの謝礼として、12回で約400万円分のゴルフ接待を受けた。それが逮捕容疑である。
具体的な便宜として浮かんでいるのは次のような疑惑だ。
元専務は山田洋行から分かれて日本ミライズをつくった。次期輸送機のエンジン調達で、前次官は日本ミライズと随意契約にするよう動いたのではないか。山田洋行は装備品代を水増し請求したのに、処分されなかった。この決着にも前次官がかかわっていたのではないか。
装備品調達のほかにも、前次官は日本ミライズの資金集めを助けるため、経済人に口利きした疑惑がある。部下に投資目的で4500万円を預けた問題も発覚したが、真相はいまだに見えない。
軍用機から制服まで、装備品に投じられる税金は年2兆円程度だ。機密の壁もあって、その実態は外から見えにくい。日本の安全保障に直結する装備品の調達が、業者との癒着によって、どのようにゆがめられていたのか。検察は長年の利権構造に切り込んでほしい。
山田洋行は巨額な裏金をプールしてきたといわれる。前次官のほかには、どこへ流れたのか。
注目されるのは政界とのかかわりだ。前次官の証人喚問では、久間章生氏と額賀福志郎・財務相の2人の防衛庁長官経験者が「元専務との宴席に同席していた」と名指しされた。久間氏は「あり得るかもしれない」と述べた。額賀氏は強く否定しているが、その一方で山田洋行に計220万円のパーティー券を買ってもらったことは認めた。
両氏や元専務が名を連ねたことがある社団法人「日米平和・文化交流協会」も家宅捜索を受けた。政界と軍需産業のパイプ役が事実上運営を担う団体だ。
政治家と軍需業界との癒着はないのか。その解明こそ検察に期待したい。
それにしても、官僚トップの汚職が絶えないのはなぜか。リクルート事件では労働、文部両省、特別養護老人ホームへの補助金をめぐる事件では、厚生省の元事務次官が摘発された。これらの事件は何の教訓にもなっていないようだ。官僚組織そのものに汚職を生む構造があると思わざるをえない。
守屋前次官は4年間も事務次官を務め、軍需産業との癒着については知り尽くしているはずだ。その実態を明らかにし、防衛利権の闇を一掃する。それが国民に対する、せめてもの償いである。
額賀氏喚問―国政調査権の名が泣く
「両議院は国政に関する調査を行い、これに関して証人の出頭、証言、記録の提出を要求することができる」
憲法62条は衆参両院に国政調査権を認めている。虚偽答弁をすれば偽証罪に問われる証人喚問は、その有力な手段だ。
だが、これまでは政権側に疑惑があってもなかなか実現しなかった。多数を握る与党が立ちはだかってきたからだ。
与野党の多数派が逆転した参院選で、そんな図式は大きく変わった。これからは参院を舞台に、もっと積極的に国政調査権を発動したい――。民主党など野党がそう勢い込むのは当然のことだ。
だが、今回の民主党の判断には賛成しかねる。額賀財務相の喚問を、自民、公明の与党が欠席するなかで野党だけで議決したことである。
額賀氏が軍需専門商社「山田洋行」の元専務らと宴席をともにしていたのか。額賀氏は「していない」、守屋武昌前防衛次官は「していた」と言う。言い分は真っ向から食い違っている。
額賀氏がきちんと説明すべきなのはその通りだ。私たちも社説で、額賀氏と山田洋行側の、癒着と見られかねない関係を批判し、財務相の職にふさわしいかどうか、疑問を呈してきた。
ただ、疑惑の発覚後、額賀氏が財務相として国会の質疑で繰り返し野党の質問に答えてきたことは間違いない。自民党も写真などの「物証」を添えて、「額賀氏は別の会合に出ていた」とする調査結果を発表した。
疑いが晴れたわけではないが、野党は引き続き通常の国会質疑で財務相にただすことができる。しかも、宴席に出ていたかどうかの問題だけで、あえて全会一致の慣例を押し切ってまで、喚問の場に引き出す必要があったのだろうか。
証言に立たせたところで額賀氏が言い分を変えるとも思えない。もっぱら世論受けを狙った政治利用ではないのか、と言われても仕方あるまい。
国政調査権をどう使うべきなのか。民主党は勘違いしていないか。
機種選定や基地がらみの建設工事で政治家が利権をあさっていないか。高額な装備の購入に不正はないか……。こうした疑惑にメスを入れてこその国政調査権である。地道な調査を積み重ねていくことが、国会による文民統制を機能させることにもなる。派手な政治ショーのための国政調査権ではない。
もうひとつ、民主党に失望したことがある。自ら提案したイラク特措法廃止法案を、わずか2時間半の審議で参院を通過させてしまったことだ。
豪州では、イラクからの段階的な部隊撤退を主張する野党・労働党が政権交代を果たした。「イラク」をまともに論じ、総括していない日本で、初めて本格的な議論を交わす場になりえたのに、素通りとはどうしたことか。
もっと地に足をつけた国政調査や国会審議を民主党に望む。
天声人語
2007年11月29日(木曜日)付
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ゴルフのルールは自然を尊重する。例えば、モグラやウサギの巣穴に入ったボールは、拾い上げて近くに落とせる。これに対し、穴掘り動物ではない犬が遊びで掘った穴だと救済はない(日本ゴルフ協会)▼欲望の深穴に落ちた人間は、どんなルールでも救いようがなかったようだ。守屋武昌・前防衛事務次官が妻と共に逮捕された。軍需商社の元専務らにゴルフ旅行の接待を受けた、収賄の疑いだ▼疑惑はしかし、ゴルフざんまいの役人夫婦にとどまらない。政治家がうごめく防衛利権の闇を、今度こそ納税者の前にさらしてもらいたい。接待費とはケタ違いの税金が食い物にされている図が、そこにある▼小銃から戦闘機まで、自衛隊が買い入れる装備品は欧米の軍隊より割高だと聞く。なにしろ、性能も価格も素人の手に余るハイテク工業品である。元手は税金だから節約する気もうせ、売る側の言い値が通りやすい。そこに、巨利が生じる▼79年のダグラス・グラマン事件。後に検事総長となる伊藤栄樹は、国会で「捜査の要諦(ようてい)はすべからく、小さな悪をすくい取るだけでなく、巨悪を取り逃がさないことにある」と、政界中枢への波及を期待させた。だが、捜査は政治家に及ばず、防衛予算の森にモグラのように巣くう利権構造は温存された▼大食漢のモグラは、巣穴に迷い込むミミズや昆虫を端から食らう。穴それ自体が巨大な罠(わな)ともいえ、条件が良い巣穴は代々引き継がれるそうだ。検察がたたきつぶすべきは巨悪と、国庫の地下を縦横に走る病巣である。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20071128ig91.htm
新テロ法案審議 参院では本質的論議を聞きたい(11月29日付・読売社説)
日本が「テロとの戦い」にどう取り組み、国際社会の一員としての責任をいかに果たすか。参院では、この本質的な論議を聞きたい。
インド洋での海上自衛隊の給油活動を再開するための新テロ対策特別措置法案が、ようやく参院で審議入りした。法案の衆院通過から既に2週間余が経過している。
与野党の論戦は最近、額賀財務相が山田洋行の元専務との宴席に同席したかどうか、という問題に集中している。参院財政金融委員会は、来月3日の額賀氏と守屋武昌・前防衛次官の証人喚問を異例の多数決で議決した。
額賀氏は昨年12月4日の宴席への同席を否定している。民主党は、同席したと主張し、全面対決の構えを見せる。
だが、仮に米要人を交えた多人数の会合に同席していても、額賀氏と元専務の癒着を意味することにはなるまい。全会一致の原則を崩してまで証人喚問を議決する必要があったのか、疑問である。
外交防衛委員会での法案の実質審議は来月15日の会期末まで4日程度しかできない見通しだ。与野党が今、最優先で議論すべきは、給油活動を再開するのか、給油に代わる方策があるのか、という点だ。それには、民主党が現実的な対案を早期に示すことが前提となる。
民主党は、既にまとめた法案骨子を法案要綱にする作業中としているが、問題は、その内容だ。
法案骨子は、自衛隊の活動として、農地整備、医療、輸送などを例示しているだけで、アフガニスタンのどの地域で何を行うか、全く示していない。
活動は、「停戦合意が成立している」か「民間人への被害が生じないと認められる」地域で行うという。こうした条件を満たす地域は今、アフガンにはない。日本は当面、何の人的支援もしないのが民主党の基本姿勢ということになる。
給油活動は、国連安全保障理事会決議1368などを踏まえており、国際社会が早期再開を希望している。民主党の小沢代表は給油を「憲法違反」と断じているが、新法案の衆院審議で同様の主張をした民主党議員はいなかった。
やはり給油活動の早期再開こそが日本の国益に最も資する選択肢である。
民主党提出のイラク特措法廃止法案が参院で可決された。イラクは今、治安が改善し、重要な時期を迎えている。航空自衛隊の輸送活動は、給油活動と並ぶ日本の国際平和活動の大きな柱だ。
法案成立の見通しはないとしても、民主党は、国際社会で日本の存在感が一層薄れていいと考えているのだろうか。
(2007年11月29日1時53分 読売新聞)