論 点 「共謀罪は必要か」 2007年版
共謀罪が標的にしているのは、国際犯罪よりむしろ国内の市民である
おおたに・あきひろ
大谷昭宏 (ジャーナリスト)
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継続審議、廃案を繰り返した法案
小泉政権最後の国会となった第一六四通常国会で審議された法案の中で、与野党で厳しい論議がなされたものの一つに共謀罪がある。結果的には閉会間際に、政府・与党が民主党の修正案を丸呑みするという前代未聞の奇手に打って出たが、直後に与党幹部が「法案さえ通しておけば、あとでいくらでも修正がきく」と、本音を吐露してしまったことから、本会議での採決に至らず、継続審議となって安倍新政権へと引き継がれた。
この共謀罪、二〇〇三年(平成一五年)五月以降、何度も国会審議にかけられ、そのたびに廃案、または継続審議を繰り返し、とうとう一六四国会でも日の目を見なかった。それだけに安倍政権にとっては可決成立が急務であり、同時に民主党など野党にとっては、これをいままた廃案に持ち込めるのか、あるいは相当の修正を加えられるのか、その力量が問われている。
では、この共謀罪がこれほどの論議を呼ぶ理由はなにか、その問題点は何なのか、ここでは簡単に触れておく。
共謀罪は正式名称で言うと「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」に組み込まれている「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の一部改正」(組織犯罪処罰法改正)の中に新たに設けられようとしている法律のことである。
では、なぜ、日本の国会でこの共謀罪を審議することになったのか。それは二〇〇〇年一一月、国連が国境を越えたテロリスト、マフィアなど組織犯罪集団に対して効果的にその犯罪を防止することを目的に、総会で「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」(国際組織犯罪防止条約)を採択、日本もこれに署名したことに始まる。
この条約の第五条は条約批准にあたって組織犯罪集団への参加罪か、組織犯罪集団の中で謀議する共謀罪のいずれかを国内法で整備するよう義務づけている。日本はこの条約の草案が起草されたころには、共謀罪は日本の法体系にはなじまないとして、反対の意向を示していたといわれているが、なぜか、法務当局は、先の組織犯罪処罰法改正案が審議されるころから、一転、共謀罪の新設を強く主張、国会論議の中で継続審議、廃案が繰り返されているのだ。
計画を話し合っただけで罪になる
では、共謀罪とは、どういう法律なのか。きわめて簡単明瞭に表現するなら「犯罪を二人以上で話し合っただけで罪になる」というものである。
あらためて言うまでもなく近代法は、人を罪に問うのは、その行為があったときと限定している。その行為の中には犯罪を成し遂げた既遂と、行為を遂行できなかった未遂がある。さらに殺人や、強盗、放火といった重大犯罪についてのみ、行為がなくても、その準備をしたというだけで罪に問える予備罪を設けている。だが、この予備罪についても、われわれの先人は、より慎重であるべきだとして、現代法では、せいぜい三〇ほどの罪種に限ってこれを認めているのである。
ところがこの共謀罪は、行為はもちろん準備さえしていない、ただ、計画を話し合っただけで、その時点で罪に問えるというものなのである。
先の国会に法務当局が提出した法案によれば、この共謀罪によって罪に問える罪種は、長期四年超の刑(懲役、禁固)を定める犯罪で、これらを共謀した場合には、原則懲役二年以下、死刑・無期・長期一〇年以上の刑期の犯罪については懲役五年以下に処するとなっている。
この規定に沿えば、なんと現行法の六一九もの犯罪がその対象となる。万引などの窃盗はもちろん、マンション建設反対運動でピケを張ることが組織的威力業務妨害にあたるとすれば、事前にそのピケに合意しただけで、罪に問われることになる。そのほか、堕胎罪、競馬のノミ行為、酒の密造、およそ国際犯罪とは縁もゆかりもない犯罪も、話し合っただけで懲役となるのだ。
だとすれば、より慎重にと考慮して設けられた予備罪はどうなるのか。共謀罪を適用すれば、単独の殺人は検挙できなくても、万引は相談の段階から逮捕、起訴できることになってしまうのだ。
条約批准は法案成立を急ぐ口実
重ねて言うが近代法で罪に問えるのは、行為があったときが大原則である。そうでないと「あの連中は暴力革命を望んでいるらしい」という情報だけで、誰をも罪に陥れることができる。法は人の心、人の会話にまで入り込んではならないのである。
なのにこの法案と関わりの深い法務、警察当局は、条約が「この条約適用に当たっては、犯罪を越境性のあるものに限定してはならない」と規定していることを奇貨として、なぜ、六一九もの罪種にまで手を伸ばして広く共謀罪を適用しようとしているのか。
その点を解き明かす鍵は二〇〇〇年の国連総会採択当時、共謀罪は日本の法体系にそぐわないとしていた法務当局が、〇三年以降の国会審議の中で突然、共謀罪を持ち出した点にあるとみるのが妥当なようだ。つまり政府・与党は国際犯罪防止という国際、国内世論に乗りつつ、その一方でこの条約批准にかこつけて、広く国内犯罪を防止、抑止できると踏んだからなのである。
論拠の一つとして、私が一六四国会閉会直前に行った、この法案を審議してきた衆議院法務委員会筆頭理事とのインタビューがある。国会における政府側答弁のように、国際性のない一般市民の犯罪まで視野に入れての法案ではないというのであれば、なぜ、労働組合や、NPOを含む市民団体について、はっきり除外すると明記しないのか。このごく当たり前の質問に対して、筆頭理事は労働組合に関しては考慮するとしつつも、市民団体については、後の修正案を含めて、頑として除外の対象とはしなかったのである。
摘発はまず市民団体から始まる
では、このような状況下で共謀罪が強行成立したらどうなるか。あれほどの難産の中で法を成立させておいて、何年にもわたって摘発ゼロでは、警察への風当たりは当然強くなる。
こうした事態は、ではどういうことを引き起こすのか。ここで、共謀罪のもう一つの特性をあげておきたい。
前述のように、共謀罪は人々の謀議を罪に問うものである。あくまで話し合いなのであるから、そこに確たる証拠はない。捜査の端緒をつかもうとすれば、仲間内の密告、つまり裏切りか、あるいは、あらかじめ捜査当局がスパイとして組織の中に捜査員を潜入させておくか、あとは盗聴である。そのために、この法案では自首減免措置を設けて、謀議段階で自首してきた者は罪に問わない、いわば裏切りの勧めを規定しているのである。
といって、おいそれと国際テロ組織や、マフィアがこんな網に引っ掛かるわけもない。彼らは裏切りや、スパイにはより敏感だし、それが発覚すれば、待っているのは抹殺である。第一、日本の警察官がやすやすと、国際テロ組織に潜入できるはずもない。
ならば、摘発ゼロの風当たりをかわそうとする捜査当局はどのような手法を取るのか。少なくとも数年のうちに暗黙のうちに課せられたノルマを達成しようとすれば、捜査員の目は警戒の厳しいテロやマフィア組織より、市民団体に向けられることは、自明の理である。不特定多数の人々が信頼のもとに集まる市民団体が厳しいガードを敷くことは事実上、不可能だ。
かくして市民団体の中には、疑心暗鬼、猜疑心が渦巻いてくる。では、共謀罪は当初の国際犯罪防止から予期していなかった事態に進んでしまうのか。いや、そうではない。来るべき有事に備えて、林立する市民団体に恐怖と萎縮の思いを植えつけておく。共謀罪の本当の狙いはその辺にあるのかもしれない。
推薦図書筆者が推薦する基本図書
『監視カメラは何を見ているのか』
自著(角川書店)
『共謀罪とは何か』
海渡雄一+保坂展人(岩波ブックレット)
『超監視社会と自由――共謀罪・顔認証システム・住基ネットを問う』
田島泰彦+斎藤貴男(花伝社)
■e-datahttp://www.nichibenren.or.jp/ja/special_theme/complicity.html
[日弁連が取り組む重要課題「日弁連は共謀罪に反対します」]
2007年版
[共謀罪についての基礎知識]
[基礎知識]共謀罪創設でテロを未然に防げるか?
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◆ 対論!もう1つの主張
もし共謀罪の犯人が日本に逃げ込んだら……。国際的見地からの批准を
堀田 力(弁護士)
2008年3月10日月曜日
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