[共謀罪についての基礎知識]
[基礎知識]共謀罪創設でテロを未然に防げるか?
犯罪を実行しなくても罰せられる理由
自民党総裁選を間近に控えた〇六年九月、安倍晋三官房長官(当時)は党東北ブロック大会に出席し、総裁就任直後の臨時国会で、共謀罪を新設する「組織犯罪処罰法改正案」の成立を目指す意向を明らかにした。同法案は過去二度の廃案を経て、継続審議となっていた。なぜ政府はそこまで執着するのか――同長官は、共謀罪新設の根拠を、国連が採択した国際組織犯罪防止条約の締結に伴う国内法の整備だと説明し、〈テロを未然に防ぐには、世界各国が協力することが大切。条約を結んでいる以上、国内法を整備する責任を果たすべきではないか〉(東京新聞〇六年九月四日付)と法案成立への意欲を語った。
刑法六〇条の「共謀共同正犯」は、犯罪の実行がなければ適用されない。しかし共謀罪が新設されると、実際に犯罪を行わなくても犯罪を計画した段階で処罰される。
〇六年一月時点で処罰対象となるのは、内乱、殺人、傷害、窃盗、収賄、詐欺など、四年以上の懲役、禁固刑を定めた六一九種類の罪。主要な犯罪類型のほとんどが該当する。複数の人がそれらの行為を謀議して、合意にいたった場合、最高で懲役・禁固五年の刑に問われる恐れがある。
共謀罪をめぐる与野党の論戦
法案が国会に提出されたのは〇四年二月。当初は、「共謀」の概念がかなり広義に解釈されたり、適用する組織や団体を、テロや暴力団などの組織的犯罪集団に限定することが条文に明文化されていなかったため、各方面から「治安維持法の復活だ」と批判された。与党からも疑問の声があがり、〇五年八月の衆院解散により廃案となった。
〇六年四月、自公両党は衆院法務委員会に修正案を提出し、「犯罪の実行に資する行為が行われた」時点で共謀罪が成立すると改めた。さらに翌月には再修正案を提出。共謀罪の適用団体の要件を「組織的な犯罪集団」と明示した。ただしその定義は「その共同の目的が犯罪を実行することにある団体」と曖昧なままで、従来と変わっていない。
また、共謀罪の構成要件についても「犯罪の実行に資する行為が行われた」という表現から「犯罪の実行に必要な準備その他の行為が行われた」に修正。「日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に制限してはならない」「労働組合その他の団体の正当な活動を制限することがあってはならない」などの文言をつけ加えた。
一方、民主党は適用の罪種を三〇六種類に絞り、適用団体を「国際的組織犯罪集団」と明示する修正案を提出した。その後、与党側でも、国際的な犯罪に限定すべきとの意見が強まったため、一時は民主党案を丸飲みして成立するかに見えたが、結局、適用する犯罪や団体をめぐり調整がつかず、協議は決裂。〇六年六月、同法案は先送りとなった。
検察出身者からも批判続出
政府は、「共謀罪の対象はあくまでも犯罪集団であって、普通の市民団体や労組に適用することはない」と説明してきたが、いくら法案に修正を加えても、共謀罪創設を疑問視する声は根強い。法務・検察当局の元高官からも批判が出ているほどだ。
元東京地検公安部検事の落合洋司氏は、共謀罪の適用団体の定義の曖昧さについて、〈そもそも一から十まで犯罪が目的という集団などない。一時的に犯罪目的を持てば適用対象にする可能性が高い。法務省はかなり限定したように言うが、判断するのは法務省ではなく裁判所だ〉と指摘し、〈一般の人は捕まりません、などと国会で言っているが、NGOや労組が、一時的に捨て身の行動を取ることもあり得るのだから不確定だ〉(東京新聞〇六年五月二四日付)と述べている。
刑法学界では、かつて「共謀共同正犯」の概念が批判の対象になっていた。これは二人以上で犯罪行為を共謀し、そのうちの誰かが実行してしまうと、直接手を下さなかった共謀者も同罪に問われるというものだ。学界の圧倒的多数がこの理論に反対していたとき、ひとり是認する立場を貫いたのが元早稲田大学総長の西原春夫氏だが、その西原氏でさえ容認できない、恐ろしい最高裁判決が〇五年一一月に出たという。それは、配下の組員に拳銃を持たせたとして銃刀法違反の罪に問われた暴力団組長に、最高裁が共謀共同正犯を認定した判決である。
西原氏はこうした判決の延長線上に共謀罪「濫用」のリスクを見通し、次のように警鐘を鳴らす。〈共謀罪を審議した衆院法務委員会では「目配せでも共謀が成立する」ことが話題になった。だが、この最高裁決定によれば「目配せ」すら必要ない。「被告は組員が拳銃を携帯していることを、概括的とはいえ確定的に認識し認容していた」としており、問われているのは内心だけだ。こうした現実を前にすれば、いかに要件を絞ったとしても、共謀罪には首をかしげたくなる。(中略)共謀処罰の基準が破られているからだ。与野党の修正案では、共謀罪の適用対象は、テロリストや暴力団などの組織的犯罪集団だけとされた。「それなら多少は法の適用が厳しくなっても構わない」と世論は言うかもしれない。しかしそのような集団に例外を認めれば、いずれ他にも及ぶ。先の例で、組長が罪に問われるなら、例えば、運転する部下が免許不携帯であることに薄々気づきながらも車に同乗し続けた上司も、理論的には罪に問われるのと同様だ。はたしてそれで良いのか。法律が限りなく道徳に近づいてしまう〉(朝日新聞〇六年六月一三日付)
共謀罪はテロ対策に不可欠か
しかし個人犯罪を前提とする現行刑法は、テロに代表される組織犯罪や大規模破壊行為を十分に想定してこなかった。それが万一、周到な計画と役割分担のもとに実行された場合、被害は計り知れない。
生命の安全を守ることを優先するか、それとも思想信条の自由を優先するか――桜美林大学の加藤朗教授(安全保障論)は、共謀罪の新設をめぐって、日本社会は重大な選択を迫られているという。〈無差別爆弾の作り方を教えた人間は処罰されなくていいのか。危険な薬品が管理されているように、危険な知識も管理されるべきではないのか。何らかの法律は必要だろう。ただし運用は厳格な枠にはめられなければならない〉(東京新聞〇六年五月一〇日付)
慶応大学の加藤久雄教授は、市民団体などが共謀罪を不安視するのはしかたないとしながらも、〈人身売買やテロなど国境を越えた組織犯罪が悪質化する中、日本が国際社会と歩調を合わせるのは当然だ。自国さえよければいいとは行かない。八万五〇〇〇人にもふくれあがり、資金源拡大を求めて海外でも活動する暴力団を放置してよいのか。テロは起きてしまってからでは遅い。例えば旧オウム真理教関係者が教祖を救い出そうと動くおそれもある。予備段階で摘発し、犯罪を防げるようにする必要がある。越境的組織犯罪防止条約に批准しないと、日本は国際的犯罪組織の中継国になる。アルカイダが日本で基地を作る場合を考えれば犯罪集団を作っただけで処罰できるようにしておく必要がある〉(朝日新聞〇六年六月一三日付)と指摘する。
〇六年九月、長勢甚遠法相は安倍内閣発足後初の記者会見において、「与党とよく相談しながら、(組織犯罪処罰法改正案の)早期成立に全力を挙げたい」と、共謀罪創設への決意を示した。
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