[日本的経営再評価についての基礎知識]
[基礎知識]なぜいま日本的雇用が評価されているのか?
日本企業の業績回復基調
景気回復の足かせとなっていた不良債権の処理にもようやく目処がつくとともに、中国特需を受けて、日本経済も上昇軌道に乗りつつある。東証一部上場企業の決算では、全体の経常利益額が二〇〇四年度決算から三年連続で過去最高を更新した。ここ数年来の採用不足を埋めるため新卒採用数を大幅に拡大したり、初任給を含めた給与水準が久々にアップする企業が続出している。
リストラや成果主義の影響
しかし、近年の企業収益の回復は、本格的な企業競争力の改善によって実現したのではなく、各社が緊急避難的に効率至上主義の米国的経営を採用したためとの懐疑的な意見も聞かれる。実際に、多くの企業ではリストラによる雇用調整(正社員の人員削減とパート・派遣社員の雇用拡大)が実施され、コスト削減が収益向上に直結した。さらに同時期に導入された成果賃金制も、当初は総人件費に対して中立という前提だったが、結果としてリストラと同様にコスト削減に寄与した。
米国的経営の導入は、日本企業に深刻な傷跡を残したとの批判も多い。収益回復の一方で、リストラで人手が減少したり、メンバーが大幅に交替した職場の環境は荒廃した。これに輪をかける形で、成果賃金制の導入は従業員の給与格差を拡大・顕在化させて、従業員間のチームワークや人間関係を破壊した。
不当解雇や超過残業、配置転換、さらには病気で倒れた人や自殺者をめぐる労災認定など、個人対企業の労使紛争も年々増加した。政府は、紛争の防止・解決の指針づくりとして「労働契約法」の制定を〇七年にも予定しているが、不当解雇者の金銭解決制度の導入是非など労使間での意見の隔たりは大きく、本格的な議論や法案作成には至っていない。
職場環境の激変を受けて、日本企業における従業員の仕事意欲や会社への忠誠心は大きく低下したとの指摘がある。野村総合研究所が〇五年一二月に発表した「仕事に対するモチベーションに関する調査」では、「現在の仕事に対して無気力を感じる人」は全体の七五%に達した。また今後の就業意向では、「定年まで(現在の会社に)勤めたい」人は全体の一八%にすぎず、機会があれば転職や独立を選択するという潜在的な転職志願者は全体の四四%にのぼった。このほか、〇五年三月に実施された米国ギャラップ社の世論調査でも、日本人の仕事への熱意や会社への帰属意識が世界でも最低のレベルであるとの結果が報告された。
日本的経営の功罪
米国的経営と日本的経営の違いは、経営思想の違いに由来する。前者では、企業は出資者である株主のもので、経営者や従業員は株主から預かった資産を有効に活用するために雇用された代理人であるとの考え方、つまり「資本主義」が支配的である。いっぽう、後者では一時的な株式所有者に比べて、終身雇用の従業員のほうが企業に対してのコミットメントは強いとの考えが前提にある。さらに歴代の経営者は内部昇進者が多く、経営者も従業員も同じ仲間だとする意識がある。こうした企業では従業員重視の「人本主義」が選択されがちである(伊丹敬之『人本主義企業―変わる経営 変わらぬ原理』筑摩書房)。人材に対する両者の考え方の隔たりは、きわめて大きい。米国型では人材は入れ替え可能な変動費の扱いであるのに対して、日本型では貴重な経営資源であるがゆえに固定費とされるのである。
日本的経営は、戦後の高度経済成長期に定着した。日本企業は年々拡大する業務に対応するため、大量の人材を定期採用するとともに、社外への人材流出を防ぐために終身雇用の保障以外に、勤続年数によって高くなる年功賃金・退職金制度、さらには手厚い福利厚生など従業員重視の各種施策を実施した。従業員の会社への忠誠心が強まるとともに、安心して知識習得に励み、自己の修得した技能を惜しげもなく仲間や下の世代に伝承して、会社全体の技能向上にも貢献した。
いっぽうで、日本的経営は弊害も発生させた。第一に、待遇にほとんど格差がないため社内の緊張感が薄れ、ぬるま湯的な企業体質になりがちなことである。自己の能力研鑽を怠る人材が発生し、その多くは企業における余剰人材となった。第二に、多くの人が長期にわたって社内にとどまることから、社内に同質的な人材があふれ、異質や異端の人材の存在を許容しない風土や意識を作り上げてしまったことである。九〇年代以降の長期的不況が、こうした弊害による企業への損失を過大なものとし、家族主義的な要素が残る日本的経営の存続を困難なものとしたのである。
従業員重視の経営の再評価
日本企業の多くが今日、米国的経営への転換を行いつつあるなかで、依然として日本的経営の有用性を指摘する経営者や企業が存在する。キヤノンの御手洗冨士夫社長はその代表格である。トヨタ自動車の奥田碩前会長も会長時代に、企業は働く人がいて初めて成り立つものであり、経営者は安易な人員削減をすべきではない旨の発言を繰り返し行っていた。後継の張富士夫会長も、「トヨタウェイという考え方(「知恵と改善」と「人間性重視」を柱としたトヨタ経営の信念・価値観を明文化したもの)」を若い世代の従業員に伝えることが自分の任務としている(水島愛一朗『トヨタの「カイゼン伝道師」が現場を甦らせる!』日本実業出版社)。世界最大の製薬会社の日本法人である日本ファイザーの場合は、業績向上のために米国的経営を〇五年に導入したものの、従業員の不信と混乱を煽る結果となり、翌年には経費削減に対して人員整理ではなく労使一体で取り組む日本的経営に回帰した。
さらに皮肉なことに、米国で近年、企業のステークホルダー(利害関係者)として従業員を第一に考える企業が増えてきている。これは「フォーチュン」誌が毎年一月に発表する「最も働きがいのある会社ベスト一〇〇」などから浮き彫りにされる傾向で、従業員のやる気・働きがいを高めて最大限のパフォーマンスを引き出すことが、結果として会社の経営業績を高めるとの考えから、仕事意欲を喚起したり働きやすさの向上を図る制度を導入する企業が目立っているのである(「日経ビジネス」〇六年六月五日号)。こうした動きは、競争力の源泉が研究開発や営業、企画など人的資源に負うと考えている企業ほど顕著である。
こうしてみると、日本企業も一層の競争力強化のために従業員の働きがいや忠誠心など従業員との関係を再構築することが重要となってきている。また、その前提として、日本的と米国的の二つの経営スタイルの間を右往左往するのではなく、まず自らの経営スタイルを確立することが必要となってこよう。
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2008年2月25日月曜日
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